私たちがいつかは死ぬように、私たちをつくり上げている個々の細胞にもかならず死が訪れる。細胞が死ぬというと、受動的な現象のように思われるかもしれないが、動物が発生する過程では、いつ・どこで細胞が死ぬかということは厳密にコントロールされていなければならない。もしも細胞の生と死のバランスが崩れると、動物の形づくりは正常に行われなくなってしまうのである。
発生過程の細胞の死の多くは細胞の「自殺」である。細胞の自殺のメカニズムは、土の中に住んでいる体長1ミリほどの線虫(C. elegans)の研究から明らかになった。線虫は成虫でも959個の体細胞しかなく、受精してから成虫になるまでの細胞分裂パターン(細胞系譜)に個体差がないという興味深い性質をもつ。その細胞系譜が1970~80年代に解析された際に、細胞が分裂して生じた2つの娘細胞のうち一方が分裂直後に死んでしまうという現象が見つかったのである。線虫の発生過程においては131個のあらかじめ決まった細胞が死ぬように運命づけられており、発生過程に計画(プログラム)された細胞死として「プログラム細胞死」と呼ばれることとなった。
一方、1970年代に私たち人間にも細胞の自殺(アポトーシス)があることが見いだされ、その制御の異常が癌や神経変性疾患等の病気の原因にもなり得ることが知られていた。しかし、1990年代前半までは線虫のプログラム細胞死とヒトのアポトーシスが同じ現象だと考える研究者はごく少数派であった。ところが、線虫の変異体の解析から細胞死制御に関与する遺伝子群が同定されると、それらと相同な遺伝子はヒトにも存在し、しかもアポトーシスに関与していることが明らかになったのである。つまり、人間がこの世に現れるよりもはるか昔から動物たちは細胞の死をうまく制御するメカニズムをもっており、そのツールを今の私たちに至るまで受け渡してきたといえる。
プログラム細胞死を制御するツール=遺伝子群は線虫では1セットしかなく、そのセットが131個すべての細胞死を引き起こしている。生物の長い歴史の中で、細胞死を制御するメカニズムは複雑化し、約60兆個もの細胞からなる私たち人間は、複数の細胞死制御遺伝子セットを時と場合によって使い分けるようになっている。細胞は生と死を繰り返しながら、自らの運命をコントロールする術を洗練させてきたのである。