独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2005年6月8日


生殖細胞の始まりの始まり
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動物の体は膨大な数と種類の細胞から構成されるが、このうち次世代に受け継がれるゲノムを有するのは生殖細胞、つまり精子と卵子のみである。これは、親から子へ受け継がれる全ての遺伝情報が生殖細胞に含まれていることを意味する。減数分裂を経て染色体数を半減させた精子と卵子は、受精によって新たな遺伝子セットを生み出し、同時に全能性を獲得して1つの個体をつくり上げる。しかし、この生殖細胞が発生の過程でどの様に体細胞から分離し、この本質的な機能を確立するのか、未解明な点が多い。

多くの生物種で生殖細胞の形成は発生の早い段階で始まる。マウスでは原腸陥入開始後の発生7日目に、精子と卵子の源となる始原生殖細胞(PGC, Primordial Germ Cells)が約40個の細胞集団として現れる。この集団は最初胚体外中胚葉に見られるが、その後胚の中へ入り込み生殖腺へと移動し成熟していく。生殖細胞の運命決定は、体細胞化の抑制、生殖細胞に特徴的な遺伝子発現の開始、ゲノムワイドなクロマチン構造の再構成による全能性の再獲得、という3つの重要なプロセスからなる。しかし、何がこれらのプロセスを誘導する最初の引き金になるのだろうか。

哺乳類生殖細胞研究チームの斎藤通紀チームリーダーと大日向康秀研究員を中心とするグループは、Blimp1と呼ばれる転写抑制因子が、現在までに知られていた如何なる因子よりも早い段階でPGCの運命決定に働いていることを明らかにした。この研究は英米の研究機関と共同で行われ、英の科学誌Natureに6月5日付でオンライン先行発表された。

胚体外胚葉最上層に出現する始原生殖細胞

彼らはまず、PGC特異的に発現する遺伝子を同定する目的で、7.5日胚から採取したPGCと、隣接する体細胞との遺伝子発現を単一細胞レベルで比較した。その結果、PGCの運命決定に関与していると考えられる遺伝子が新たに多く見つかり、なかでもBlimp1はPGCに高い特異性を示した。Blimp1はB細胞が抗体産生細胞へ成熟する際に働く因子として以前から知られていた。「B細胞の終末分化という、ある細胞系譜の最終分化過程に働いている遺伝子が、発生の非常に早い段階で最も未分化な細胞と考えられる生殖細胞の形成に関与していることはとても驚きだった。」と斎藤氏は言う。「同じ遺伝子が発生の過程で繰り返し使われ、しかもその度に違う役割を果たしているのにはいつも驚かされる。」

次に彼らは、in situハイブリダイゼーションによってBlimp1の発現を追跡したところ、6.25日目という予想外に早い時期に胚体外外胚葉と胚の境界領域に発現していることが明らかになった。詳細に解析すると、Blimp1は胚体外胚葉最上層の少数の細胞で最初に発現し、その後、PGCの数と同じ約40個の細胞集団を形成することが確認された。また、単一細胞レベルでのmRNAの発現解析から、最も初期のPGCマーカーとして知られるstellaに先行してBlimp1が発現することも明らかになった。免疫染色の実験からも、Blimp1を発現する細胞はstellaを発現する細胞と同一であることが示された。

Blimp1の実際の機能を調べるために、ヘテロまたはホモで欠損するノックアウトマウスを作成したところ、ヘテロ欠損ではPGCの数が半数近くに減少し、ホモ欠損ではさらに激減していた。これはPGCの生存や増殖に異常があるのではなく、PGCの分化そのものに異常をきたしている様だった。さらに詳しく調べると、ホモ変異体で少数ながら形成されたPGC様細胞は細胞移動や遺伝子発現に異常を示した。例えば、正常なPGCで起こるstellaの発現やHoxファミリー遺伝子の発現抑制が見られなかった。

今回彼らは、生殖細胞の運命決定を行う最も初期の因子を同定したことになる。しかし斎藤氏は、「Blimp1が運命決定に働くメカニズムはまだ分かっていない。体細胞化の抑制や、生殖細胞の機能獲得にどの様にBlimp1が関与しているのか、分子レベルで明らかにしていきたい。」と言う


掲載された論文 http://www.nature.com/nature/journal/v436/n7048/abs/nature03813.html

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