独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年9月18日

神経前駆細胞の多様性と分化のメカニズムに新たな知見
PDF Download

哺乳類の脳は膨大な数と種類の神経細胞からなる複雑な臓器だが、その出発点は神経上皮と呼ばれる一層の細胞シートである。例えば大脳皮質の発生では、神経上皮に生じた神経前駆細胞が分裂して数を増やし、やがて幹細胞としての性質を獲得する。これらの細胞は未分化型前駆細胞(apical progenitor)と呼ばれ、非対称分裂によってより分化の進んだ中間前駆細胞(basal progenitor)を生み出す。中間前駆細胞は神経上皮の基底側に移動して2つのニューロンを生み出し、大脳皮質に特徴的な多層構造を構築する。また、未分化型前駆細胞には性質の異なる複数の細胞集団が存在し、この不均一性がニューロンの多様性につながっていると考えられている。このように、大脳皮質の発生では未分化型前駆細胞と中間前駆細胞が重要な役割を果たすが、その分化メカニズムや多様性獲得の仕組みは明らかになっていない。

今回、理研CDBの川口綾乃研究員(非対称細胞分裂研究グループ、松崎文雄グループディレクター)らは、発生中期のマウス胚から得た神経前駆細胞を対象に、単一細胞レベルの発現プロファイリングを行なった。その結果、未分化型前駆細胞にはNotch関連因子の発現状態が異なる多くのサブタイプが存在することや、未分化型前駆細胞と中間前駆細胞の分化制御にNotchシグナルが関与していることなどが明らかになった。この研究は、哺乳類生殖細胞研究チーム(斎藤通紀チームリーダー)システムバイオロジー研究チーム機能ゲノミクスユニット(上田泰己チームリーダー、ユニットリーダー)との共同で行われ、Development誌の9月号に発表された。

大脳皮質の神経前駆細胞は非常に動的で、細胞核の位置を移動させながら分裂し、遺伝子発現も刻々と変化していると考えられるため、その分化メカニズムの解析は容易でなかった。そこで川口らは、発生14日目のマウス前脳から神経前駆細胞を1細胞ずつ取り出し、近年栗本(哺乳類生殖細胞研究チーム)らによって開発された単一細胞用PCR法によってcDNAを調整した。まず、神経細胞や前駆細胞で発現する20種類のマーカー遺伝子について調べたところ、得られた細胞は5つのグループ、すなわち、(1) 未分化、(2) ニューロン分化に方向付けられた前駆細胞、(3) 中間前駆細胞、(4) 未熟ニューロン、(5) 成熟ニューロンに分類できることが分かった。

続いて単一細胞レベルでマイクロアレイ解析を行なったところ、ゲノムワイドな遺伝子発現プロファイルを4つのクラスターに分けることが可能であり、それは上述のcDNAに基づいた分類とほぼ一致することがわかった。具体的には、クラスターIは未分化型前駆細胞、クラスターIVは分化したニューロンに対応し、クラスターIIとIIIの発現プロファイルは似ていたが、それぞれ、ニューロン分化に方向付けられた前駆細胞と中間前駆細胞に対応していた。また、クラスターIIとIIIは、未分化なクラスターIではなく、クラスターIV(分化したニューロン)のグループに属することもわかった。

マウス胚の脳神経前駆細胞の遺伝子プロファイル:102個の細胞を一つひとつ単離し、その遺伝子発現プロファイルをゲノムワイドに比較した。ClusterI-IIIが分裂能をもつ神経前駆細胞。ClusterIは自己複製を行う未分化な前駆細胞、ClusterIIは細胞分裂によって未分化前駆細胞から生まれてまもない神経前駆細胞で、既に神経分化を遂げるように運命づけられている。この細胞が成熟して、ClusterIIIの中間前駆細胞となる。

 

次に川口らは、これらのin vitroの結果がin vivoにもあてはまるか否かを検証するために、in situハイブリダイゼーションによる発現解析を行なった。すると期待どおり、頂端‐基底軸にそって異なる発現パターンが見られ、これはクラスターIIが分化を開始したばかりの中間前駆細胞で、クラスターIIIがより分化の進んだ中間前駆細胞であるという予測と一致していた。両者の遺伝子発現の高い類似性は、クラスターIIの細胞が移動してクラスターIIIの細胞になることを示唆していた。

また、未分化型前駆細胞(クラスターI)における遺伝子発現を詳細に調べたところ、細胞によってNotchシグナルの構成因子の発現に顕著なバラつきがみられた。Notchは神経分化の運命決定に関わる重要なシグナル経路であり、この不均一性がニューロンの多様性の基盤となっている可能性を示唆していた。一方、クラスターIIの細胞はNotchのリガンドであるDelta-like 1を強く発現し、この発現は基底側に移動するに従って急速に低下していた。そこで、Notchシグナルを阻害してみると、クラスターIから中間前駆細胞へと移行する細胞が急激に増加することがわかった。このことから、クラスターIIの細胞がDelta like 1によってクラスターIの細胞の未分化状態を保ちつつ、自らは中間前駆細胞へと分化を進めていく様子が伺われた。

松崎グループディレクターは、「哺乳類の脳発生における神経前駆細胞の多様性や分化のメカニズムをゲノムワイドに解析した最初の例と言えると思います。今回の結果を元に、神経前駆細胞が自己複製と分化のバランスを調節する機構を解明して行きたいと思います」と語る。




掲載された論文

http://dev.biologists.org/cgi/content/full/135/18/3113

 


Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.