独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2008年12月15日

Pau5f1でたどる胎盤の起源
PDF Download

胎盤は胎児と母体間の物質交換の場として哺乳類に特徴的な器官である。妊娠の維持と胚の成長に欠かせない胎盤は、哺乳類進化の過程で保存されてきたが、その起源や進化過程の分子メカニズムは未だ不明の部分が多かった。今回丹羽仁史チームリーダー(多能性幹細胞研究グループ)らは、この胎盤の起源となる遺伝子が、初期胚の多能性幹細胞維持と栄養外胚葉(初期胚で将来胎盤のもととなる細胞集団)の分化制御に関与する遺伝子Pau5f1である可能性を見出し、Pau5f1遺伝子の進化が胎盤の進化に深く関与することを明らかにした。この研究はオーストラリアアデレード大学との共同研究で行われ、Evolution and Development誌に掲載された。


哺乳類の胎盤は、発生のごく初期、受精後わずか5日目胚の細胞数がまだ70〜100個の胚盤胞期に分化する栄養外胚葉から形成される。胚盤胞には栄養外胚葉と、からだのあらゆる部分を作り出す多能性細胞集団(内部細胞塊)の二つに分かれ、Pau51がコードするOct3/4はこの内部細胞塊が多能性を獲得するために必須の遺伝子である。また、Oct3/4は、内部細胞塊を試験管内で培養したES細胞(Embryonic stem cell:胚性幹細胞)の多能性維持にも必要であることが証明されており、近年は遺伝子導入により人工的に多能性を持たせた幹細胞である、iPS細胞(induced pluriopotent stem cells:人工多能性幹細胞)を確立する遺伝子の一つとして注目されている。研究チームでは最近このOct3/4が内部細胞塊の多能性確立に加え、栄養外胚葉の分化も制御していることを明らかにした(CDB科学ニュース2005.12.1)。


図1 胚盤胞内部細胞塊におけるOct3の発現(左写真赤) Oct3(赤)は胚盤胞内部細胞塊で発現し、一方栄養外胚葉の分化に関与するのはCdx2と呼ばれる転写因子である(左写真緑)。Oct3は内部細胞塊で発現しその多能性を維持する一方、栄養外胚葉で発現する転写因子Cdx2の機能を抑制し、栄養外胚葉と内部細胞塊の分離を制御する。


丹羽チームリーダーらはOct3/4が栄養外胚葉分化に関係することから、更に哺乳類の胎盤進化にも何らかの関与をしているのではないかと考え、ゲノムデータベースを用いてOct3/4をコードするPau5f1遺伝子の種間比較を行った。Class V POUファミリーに属するPau5f1は、ゲノム上でTcf19と隣り合って存在し、これはヒト,マウス、オポッサム(有袋類)、カモノハシ(単孔類)ゲノムで共通に保存されていた。しかし、両生類や魚類ゲノムには同じ場所にPau5f1遺伝子は存在しなかった。一方、魚類(ゼブラフィッシュ)のClass V POUファミリー遺伝子は唯一pou2という遺伝子であるが、ヒトやマウスにpou2は存在しない。Pou5f1pou2は相同性が高いことから、この二つの遺伝子はortholog(種間の相同の遺伝子)ではないかと考えられていた。しかし、丹羽チームリーダーらが、卵生でありながら栄養外胚葉の原型となる細胞(vitellocytes)を持つカモノハシゲノムを解析したところ、興味深いことにPou5f1pou2の両方が保存されていた。つまりこれは、Pou5f1pou2のorthologではなく、paralog(遺伝子重複などゲノム内の複製で生じて、進化の過程で新しい機能を獲得した遺伝子)であることを示唆している。

図2 カモノハシ卵巣におけるPau5f1の発現(茶色) カモノハシPau5f1は卵細胞の核に発現しており、 哺乳類と同様多能性維持に関与していることが示唆される。


もしPou5f1pou2がparalogであれば、二つの遺伝子の間で機能が違うはずである。そこで丹羽チームリーダーらは、Pou5f1を欠損したマウスES細胞にオポッサムpou2を遺伝子導入する実験を行った。しかし、オポッサムのpou2Pou5f1の機能を補えず、Pou5f1欠損マウスES細胞は多能性を獲得出来なかった。一方、カモノハシPou5f1はマウスPou5f1を機能的に代償することが出来、マウスES細胞はPou5f1を欠損していてもカモノハシPou5f1を遺伝子導入すれば通常通り多能性を獲得出来ることが解った。これらのことから、Pou5f1pou2の遺伝子重複で生じたparalogであり、脊椎動物の進化過程で、細胞の多能性維持などを含む新たな機能を獲得したことが示唆された。多能性維持に加え、ヒトやマウスなど真獣類のPauf15は転写因子Cdx2と互いに機能抑制することで、胚盤胞の内部細胞塊と栄養外胚葉の分化に関与することが知られている。しかし、Cdx2と相互作用する機能はカモノハシPau5f1にはなく、真獣類以降に獲得された機能であることが解った。

表1 pou2とPou5f1の遺伝子重複と進化


丹羽チームリーダーは、「このPou5f1の進化過程は、遺伝子の重複がきっかけで、生物が重要な機能を獲得してきた例と言えます。カモノハシPau5f1と真獣類のPau5f1の機能の違いは単に二つの遺伝子の違いではなく、それ以外の制御機構の違いによるところも大きいと思われます。この違いの研究は進化の過程における種の多様性を理解する上で非常に興味深い点です。」と語る。





掲載された論文

http://www3.interscience.wiley.com/journal/121492804
/abstract?CRETRY=1&SRETRY=0

関連記事

http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/051201_niwa_cdx2.html



Copyright (C) CENTER FOR DEVELOPMENTAL BIOLOGY All rights reserved.