独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2013年1月25日


細胞分裂が組織陥入の引き金をひく
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受精卵から私たちの複雑な体が形づくられる発生の過程において、陥入は、それまで平面的だった組織が立体へとダイナミックに転換する重要なイベントだ。上皮細胞は円柱状で、敷石のようにぴったりと接着し、一層のシート状の組織を形成している。この上皮細胞シートが折れ曲がり、体の内側に向かって落ち込んでいくことで、基本となる管構造が形成され、そこから様々な器官が生まれるのだ。一見すると均一な上皮細胞シートだが、定められた一点から、適切なタイミングで陥入は起こる。このような厳密な時・空間的制御は、どのようなメカニズムによって支えられているのだろうか。

理研CDBの近藤武史理研基礎特別科学研究員(形態形成シグナル研究グループ、林茂生グループディレクター)らはショウジョウバエの気管形成をモデルに、細胞分裂に先立つ細胞の球形化が引き金となって組織陥入が加速されることを発見し、形態形成における細胞分裂の新たな役割を明らかにした。この成果は、科学誌Nature電子版に1月14日付けで先行公開された。



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気管原基の陥入の様子。平らな上皮細胞シートははじめゆっくりとくぼみを作る(slow phase)。その後、くぼみ中央部の細胞分裂(球形化)をきっかけに一気に陥入が加速して(fast phase)、L字型の管構造が形成される。


これまで、陥入の主要なメカニズムは、上皮細胞の頂端側だけが収縮して円柱状が円錐状に変形する「頂端収縮」であるとされてきた。しかし、これだけでは説明のつかない例も報告されており、何か別の仕組みが働いていることが示唆されていた。そこで、研究グループはショウジョウバエの気管形成をモデルとし、ライブイメージングで気管原基の陥入の様子を観察した。ショウジョウバエの気管は、約40個の細胞から成る気管原基の上皮細胞シートが組織内部へと陥入し、L字型の管構造を形成していく。観察すると、まずは気管原基の中心部の細胞が頂端収縮によってゆっくりと陥没して小さなくぼみをつくり(slow phase)、その後、急激に陥入が加速して一気に細胞が組織内部に落ち込む(fast phase)、という二段階で陥入が進行することが分かった。さらに、slow phaseからfast phaseへと転換する際、くぼみの先端部にある細胞が高い確率で細胞分裂を起こすことを見出した。

細胞は分裂の直前、一度球状になる。円柱状の細胞が規則正しく並んでいる上皮組織において、このような細胞の球形化は組織の構造を不安定にすることから、分裂の場所とタイミングは厳密に制御されている必要がある。実際、変異体の解析から、無秩序な細胞分裂が形態形成の進行を妨げる例が報告されている。このことから、気管原基の陥入時に見られる細胞分裂は偶然ではなく、何か重要な役割を担っていると推察された。そこで、陥入のタイミングにあたる16回目の細胞分裂が起こらなくなる変異体を用いて、陥入の様子を調べた。すると、slow phaseは正常に開始するものの、加速が緩やかになることが分かった。しかし、陥入自体は正常に起こり、最終的に管構造が形成されることから、細胞分裂以外にも陥入を制御するメカニズムが存在することが示唆された。

そこで、管構造形成後の気管の分岐に寄与するFGFシグナルに着目した。FGFシグナルの単独変異では陥入は正常に起こるが、興味深いことに、細胞分裂の変異と組み合わせると陥入は大幅に遅延し、管構造の形成も不完全になることが分かった。つまり、通常は細胞分裂が陥入加速のタイミングを制御しており、このシステムがうまく作動しなかったときにはFGFシグナルがバックアップ的にその機能を補完しているのだ。さらに、細胞骨格である微小管の阻害薬を用いて細胞の球形化は起こるが分裂はしないようにしたところ、陥入は正常に進行したことから、陥入に必要なのは細胞が二つに分かれることではなく、球形化することによる上皮細胞シートの構造の不安定化であることが判明した。

では、なぜ中心部の細胞が決まって最初に分裂し、正しい位置から陥入できるのだろうか。研究グループの過去の成果から、気管原基の陥入の際、中心部の周辺の細胞の細胞境界にはモーター分子ミオシンが集積し、アクチン繊維に収縮力を与えていることが分かっていた(*科学ニュース2007.11.16)。この強い収縮力をもつ細胞境界は中心部をぐるりと取り囲むように配列しており、これが中心部に向かって圧力をかけている可能性が強く示唆された。また、ミオシンの集積にはEGFシグナルが必須であることが分かっている。そこで、EGFシグナルの変異体を解析すると、最初に分裂する細胞が陥入運動と連動しなくなり、細胞分裂・FGFシグナルの変異と組み合わせると陥入は全く起こらずに上皮細胞シートが平らなままになることが分かった。さらに、細胞分裂の代わりにUVレーザー用いて中心部の細胞を傷害すると、正常の陥入のような潜り込み運動が一過的に見られたことから、細胞分裂に先立つ細胞の球形化が、EGFシグナルの作用により蓄積した中心部の圧力を一気に開放させ、陥入が加速されたと考えられる。

今回の研究から、ショウジョウバエの気管原基の陥入には、細胞分裂・FGFシグナル・EGFシグナルという3つの仕組みが協調して作用しており、その中で、細胞分裂は陥入の位置とタイミングの制御に寄与していることが明らかになった。「今回、二重・三重に組み合わせた変異体の解析から、3つの全く異なるシステムが一部の役割を重複させながら、補完的かつ協調的に働いていることが明らかになりました」と林グループディレクターは話す。「生物は、このようにしなやかで頑強な発生プログラムによって、安定的な形態形成を実現していると考えられます。生き物たちの機能的で美しい体をつくるための『美しいルール』を、今後も探っていきたいです。」



掲載された論文 http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/
full/nature11792.html
 
関連記事 EGFRシグナルの波が上皮の陥入を促す(2007.11.16)


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