独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター

2013年7月18日


内骨格か外骨格か? カメ甲羅の起源の論争に決着
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「外骨格」と聞くと、昆虫や甲殻類に見られる固い外殻を思い浮かべる人も多いかもしれないが、私たち脊椎動物の体にも外骨格は存在する。たとえば頭蓋骨は、真皮層中に生じ、骨の周辺に筋肉を伴わない外骨格の代表だ。脊椎動物の中には背中に固い装甲を備えた生物が多数知られるが、例えばアルマジロなどの装甲とカメの甲羅は実は根本的に異なる。アルマジロの装甲は外骨格由来の皮骨と呼ばれるもので、内骨格である肋骨や背骨はその内側に別に存在する。対して、カメの背側の甲羅(背甲)は肋骨や背骨に由来することが知られるが(*科学ニュース2009.7.10)、一方で外骨格成分の部分的な関与を疑う説も根強く、その出自は定かではなかった。

理研CDBの平沢達矢研究員(形態進化研究グループ、倉谷滋グループディレクター)らは、カメの胚発生過程の組織学的解析と化石記録の調査から、カメの背甲が外骨格成分を含まず、内骨格である肋骨・背骨が純粋に拡張し変形することで進化してきたことを明らかにした。この成果は、オンライン科学誌Nature Communicationsに7月9日付けで掲載された。


スッポン胚の背甲(左)と、ニワトリ胚の肋骨(右)の発生過程。スッポン胚では結合組織内の肋骨原基の周辺から骨膜が拡張し、その中で骨梁が伸展していき、やがて1枚の板状の甲羅となった。一方、ニワトリ胚の肋骨でも、同様の骨膜の拡張が見られた。(スケールバーはいずれも100μm)


私たちの骨格は、進化における内骨格と外骨格の「せめぎ合い」の過程で獲得されたと言える。どちらがどのように勢力を伸ばし、または衰退して現在の形が成立したのかを理解することで、生物のボディープランの進化過程を知ることができる。カメの甲羅の起源については、200年以上前から古生物学者や進化生物学者たちの間で論争が続いていた。様々な仮説は2つに大別される。一つは、カメの背甲は内骨格と外骨格が協調して形づくられるとする説、もう一つは純粋に内骨格のみで形づくられるとする説だ。最近では、前者を支持し「進化の過程で体表付近へ移動した内骨格が真皮層で成長シグナルを分泌し、皮骨が誘導されて背甲ができる」とする説が主流だった。

平沢らはこの議論に終止符を打つべく、スッポン胚を用いて背甲の発生過程を詳細に解析した。カメの背甲形成は、まず肋骨と筋肉の原基が結合組織中に生じることから始まる。筋肉は徐々に消失していく一方、骨形成の場となる骨膜は左右に拡張し、その中で板状の骨(骨梁)が形成される。やがて骨梁同士が融合して肋骨間のすき間を埋め、背中全体を覆う一枚の甲羅が完成するのだが、この一連の過程を通して、骨梁の伸展は骨膜内でのみ起こり、真皮層とは明瞭な境界を保って進行することが見出された。また、スッポン胚の背甲形成過程をニワトリ胚の肋骨、ワニ胚の皮骨の形成過程と比較すると、ニワトリ胚の肋骨ではスッポン胚と同様に骨膜の拡張が小規模ながら観察されたのに対し、ワニ胚の皮骨はスッポン胚の骨梁形成と明らかに異なり、真皮層の中でも表皮に近い領域で形成されることが分かった。以上の結果から、カメの背甲は皮骨成分の関与なく、純粋に肋骨が変形・拡張することで形成されることが明らかになった。

最古のカメの化石オドントケリスは、カメのような1枚板の背甲ではないが、左右に拡張した板状の肋骨を持ち、カメと同様に肋骨と背骨が結合する関節はほとんど動かすことができない。このような特徴は、脊椎動物の多くが肋骨−背骨間の関節を動かして呼吸することを考えると、極めて特異だ。そこで、平沢らはカメ型の固い甲羅の構造を持った生物が他にいないか、化石記録中に探索した。そこで浮かび上がったのが、中国科学院個脊椎動物・古人類研究所(IVPP、北京)所蔵の三畳紀中期の海洋爬虫類シノサウロスファルギスだ。この生物の化石からは、カメやオドントケリスと同様の特徴的な肋骨を有し、さらにそれとは別に、皮膚表面に皮骨を持っていたことが分かった。この事実からも、カメの背甲は皮骨とは別の構造として成立可能であることが支持される。

さらに、シノサウロスファルギスはクビナガリュウなどを擁する鰭竜類に近縁で、カメとは約2億5000万年前のP-T境界と呼ばれる「生物大絶滅期」前後に分岐したと考えられている。シノサウロスファルギスの肋骨とカメの背甲は同様の発生プロセスを反映していると考えられるが、このような背甲の原型とも言える構造を作る遺伝子基盤は、これまで考えられていたより4千万年以上前にすでに獲得されていた可能性がある。

今回、発生学と古生物学の知見が結び付き、カメの背甲の進化的起源が明らかになった。「内骨格と外骨格は骨化の様式(内軟骨性骨化と膜性骨化)と混同されがちですが、全く別の概念です。今回明らかになったカメの背甲は、『極端に表層に位置した内骨格』の一例と言えます」と倉谷グループディレクターは語る「カメの背甲は体を守るための装甲と見られていますが、本来は泳ぎやすさを求めて背甲と腹甲とでサーフボードのような形を作り、頑強な甲羅としての要素は二次的に進化させてきた可能性もあると我々は考えています。カメの甲羅は非常に特異な例ですが、多様な生物の進化の道筋を正しく把握することで、私たちの体づくりのプログラムが進化の過程でどのように書きかえられてきたか、どのように書きかえられ得るのか、すなわち進化の歴史と未来を理解することができるでしょう。」


掲載された論文

http://www.nature.com/ncomms/2013/130709/ncomms3107/
full/ncomms3107.html

 
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