独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター

2011年9月15日


細胞の増殖をコントロールする“かたち”
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ガラガラの電車内では隣の席に荷物を置くこともあるけれど、混雑した電車内では膝の上に載せたり網棚に載せたりする。人間社会の中では自然と周りの空気を読んで行動することが多い。これは人間に限ったことではなくて、細胞のレベルでも同じことが言える。培養細胞は人工的にどんどん増殖させることができるが、何時までも勝手に増殖することはない。細胞は周りが混雑してくるとピタっと増殖を止めてしまう。では、細胞はどのようにして周りの状況を把握しているのだろうか。大きく分けて2つの方法が考えられる。一つは細胞同士の接着であり、もうひとつは細胞の形である。これまで、細胞の接着に注目して多くの報告がなされてきたが、細胞の形と細胞増殖の制御との関係について、その詳細なメカニズムに関する報告はほとんどなされていない。

理研CDB・胚誘導研究チーム(佐々木洋チームリーダー:現、熊本大学発生医学研究所教授)の和田健一研究員(現、理研基幹研究所研究員)らは細胞同士の接着が起きない条件で実験を行い、細胞の形によってHippo シグナルと呼ばれる細胞増殖に関わるシグナル伝達経路が制御されていることを見出した。この研究成果は、Development 誌の9月15日号に掲載された。


一番上の横長の写真は垂直方向の断面図であり、ほかは水平方向の図。左側のように細胞が小さく丸くなっている場合には、Yap(赤色)が核(青色)の外にあるが、右側のように細胞が薄く広がり、アクチン線維(緑色)が広く張られている場合、Yapは核内に局在している。


佐々木洋チームリーダーらのグループは、細胞の密度の変化がHippo シグナルを介して細胞を制御することを既に明らかにしていた (*1 科学ニュース2008.12.11)。細胞の密度が低い時にはHippo シグナルが低下し、Yapというタンパク質が核内に蓄積することで、増殖を司る転写因子であるTeadを活性化するが、細胞の密度が高い時にはHippo シグナルが活性化され、Yapがリン酸化されて核外へ移行することで、Teadが活性化されず増殖しない。では、Hippo シグナルはどのようにして細胞の密度を感知しているのかが問題である。

これまでに、細胞の接着に関わる因子がHippo シグナルを制御することを示す多くの報告がなされてきた。一方で細胞の形態によって増殖が制御されているという報告もあり、和田研究員らは細胞の形態がHippo シグナルの活性化に関わっていると考えて研究を行った。まず細胞の接着をおこさずに細胞の形態だけを変化させる実験系が必要である。和田研究員らはマイクロドメインという小さな領域に一個ずつ細胞を入れることで、細胞同士の接着をなくし、細胞の形だけを変える方法を開発した。20 × 20 μmの穴にマウス線維芽細胞由来のNIH3T3という培養細胞を入れると小さくまとまった丸い形になるが、70 × 70 μmの穴に入れると薄く広がった形をとった。それぞれの細胞でHippo シグナル活性化の指標となるYapの存在場所を観察したところ、20 × 20 μmでは核の外側である細胞質に分布していたが、70 × 70 μmでは核に局在していた。したがって、細胞の形態(面積の大小)がYapの存在場所を調節していることが示唆された。

無処理の細胞では細胞全体にアクチン線維(緑色)の一種、ストレスファイバーが広がっており、Yapタンパク質(赤色)は核内に蓄積している。一方でストレスファイバーの形成を阻害するサイトカラシンD (CytoD)やラトランキュリンA (LatA)で処理すると、ストレスファイバーは少なくなりYapも核外へと移行している。

では細胞の形態はどのようにして感知されているのだろうか。70 × 70 μmに入れた細胞ではアクチン線維の一種であるストレスファイバーが細胞全体に張り巡らされている姿が観察された。他のサイズのマイクロドメインに入れた細胞でもストレスファイバーの量を観察すると、マイクロドメインのサイズが大きくなるに従ってストレスファイバーの量が多くなり、ストレスファイバーの量が細胞の形態(細胞の密度)と連動することが明らかとなった。そこで和田研究員らはストレスファイバーの量がHippoシグナルを調節していると考えた。薬剤処理によりストレスファイバーを破壊すると、Hippoシグナルの指標となるYapが核外へと移行していた。またこの時、Hippo シグナルによるリン酸化部位を破壊したYapは薬剤処理をしても核内に存在していた。したがってストレスファイバーはHippo シグナルのいずれかのステップを制御し、Yapを核内に蓄積させることが示唆された。

以上の結果から細胞の形態が増殖に関わるHippo シグナルを制御する重要な因子であることが明らかとなった。佐々木チームリーダーは次のようにコメントした。「細胞の形態の情報と細胞間の接着の情報が、細胞内でどのように統合されてHippoシグナルを制御するのか、そのしくみに興味があります。細胞間の接着にもアクチンが関わっていますので、アクチンとHippoシグナルのつながりを解明することで、分かってくるように思います。また、Hippoシグナルは、細胞増殖だけではなく、着床前のマウス胚では、細胞の分化も制御します (*2 科学ニュース2009.3.30)。細胞の形態がこの様な胚発生の過程においてもHippoシグナルを制御しているのか、今後明らかにしてゆく必要があります」


掲載された論文 http://dev.biologists.org/content/138/18/3907.long
関連記事 細胞間の接触が細胞増殖を制御するしくみ(2008.12.11)
胚盤胞の内と外を分けるメカニズム (2009.3.30)
 


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