独立行政法人 理化学研究所 神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
2009年3月30日

胚盤胞の内と外を分けるメカニズム
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哺乳類の発生では、受精卵が卵割を繰り返し、やがて胚盤胞と呼ばれる中空の球をつくる。これに伴い、それまで1種類しかなかった細胞が、胚の外側を包む栄養外胚葉と、内側に位置する内部細胞塊に分化する。栄養外胚葉は胎盤などの胚体外組織に分化し、内部細胞塊は胚そのものを形成することが運命づけられている。栄養外胚葉と内部細胞塊の分化には1対の転写因子、Cdx2とOct3/4が重要な役割を果たしている*1科学ニュース2005.12.1。卵割期には、これらの因子は胚全体で発現し、互いに結合して抑制しあっている。胚盤胞形成期にそのバランスが崩れ、外側の細胞でCdx2が、内側の細胞でOct3/4が優勢になった結果、それぞれ栄養外胚葉と内部細胞塊が分化する。ところが、このバランスが崩れる仕組みが分かっていない。


理研CDBの西岡則幸研究員(胚誘導研究チーム、佐々木洋チームリーダー)らは、マウスの胚盤胞形成をモデルにした研究で、HippoシグナルがCdx2およびOct3/4の発現を制御していることを明らかにした。胚の外側の細胞ではCdx2の発現に必要な転写因子Tead4が活性化されるが、内側の細胞ではHippo シグナルによってTead4が抑制されるため、Oct3/4が優位になるという。Hippoシグナルは細胞間接触に制御されていることから、胚の内側と外側における接触環境の違いが、運命決定に働いている可能性が高い。この研究は、Developmental Cell誌に3月17日付けでオンライン発表された。

 

胚盤胞におけるYapとCdx2の発現:Yap(緑)は外側の細胞のみで核内に局在してCdx2(赤)の発現を活性化し、栄養外胚葉を誘導する。(青はDAPIで核を染色。Mergeは全てを重ねたもの)

胚盤胞以前の胚には、細胞は1種類しかなく、唯一の違いは胚の外側(表面)に位置するか、内側に位置するかだ。この位置情報がCdx2とOct3/4の発現バランスに影響を与えると考えられていたが、その具体的な分子メカニズムは分かっていなかった。西岡らは、これまでの研究からこの謎を解く1つの手がかりを掴んでいた。Tead4と呼ばれる転写因子が、Cdx2の発現と栄養外胚葉の分化に必須であることを明らかにしていたのだ*2科学ニュース2008.1.28。しかし、Tead4は胚全体で発現しているため、どのようにして外側の細胞のみで栄養外胚葉の分化にかかわっているのかは不明だった。そこで、Tead4のスイッチ役を担う分子を探索していたところ、幸運にも同じチームの大田研究員らによってもう1つの発見がなされた。培養細胞や着床後の胚において、TeadはYapと呼ばれる分子に依存して活性化するという内容だった*3科学ニュース2008.12.11


そこで西岡らは、胚盤胞形成においてもYapがTead4を活性化している可能性を検討することにした。まず、初期胚におけるYapタンパク質の分布を調べたところ、全ての細胞で発現していたが、外側の細胞では核に存在し、内側の細胞では細胞質に存在した。また、Yapの核局在はCdx2の発現に先立ってみられた。これらのことから、外側の細胞では、YapがTead4を活性化することにより、Cdx2の発現を誘導していることが考えられた。実際、着床前の胚でYapを過剰発現させると、内側の細胞で異所的なCdx2の発現が認められた。一方、Tead結合ドメインを欠くYapを発現させた場合は変化が見られなかった。また彼らは、着床前の胚に活性化したTead4を過剰発現させても同様の異所的発現が起こることや、活性化したTead4をES細胞で発現させるとCdx2を発現して栄養外胚葉に分化することも示している。これらの結果は、胚盤胞形成期に外側の細胞において、Tead4がYap依存的に活性化し、栄養外胚葉を誘導していることを強く示唆していた。


では、Yapはどのようにして外側の細胞のみで核に局在するのだろうか。培養細胞を用いた実験では、YapはHippoシグナル下流のLatsによってリン酸化され、細胞質に留まることが確認されていた。そこで、胚におけるリン酸化Yapの局在を調べると、外側の細胞では見られず、内側の細胞の細胞質のみで検出された。Lats2を胚全体で過剰発現させると、外側の細胞の核内Yapが大幅に減少し、栄養外胚葉が形成されないことも明らかになった。

次に浮かぶ疑問は当然、Latsがどのようにして内側の細胞のみで機能するのか、という点だ。大田らの培養細胞の研究では、細胞間接触がHippoシグナル経路の下流にあるLatsを活性化し、Yapを細胞質に局在させていることを示していた。そこで西岡らは、8細胞期の胚を用いて、細胞間接着を阻害する実験や、割球を一旦バラバラにし、配置を換えて再び胚をつくる実験などを行った。それらの結果は、初期胚においても細胞間接触がHippoシグナルを活性化すること、また、細胞の位置による接触環境の違いがYapの正しい局在を導いていることを示していた。


彼らは近年の研究で、細胞間接触の情報がHippoシグナルを介してTeadの活性を調節し、細胞増殖を制御していることを明らかにしていた。今回の結果は、同様の細胞間接触によって制御されるシグナル経路が細胞分化にも関わっていることを示している。それも、胚盤胞形成という哺乳類発生の最初の分化において、位置情報を細胞運命に転換するという極めて重要な役割を担っていた。佐々木チームリーダーは、「今回の研究は、胚の内側-外側軸に沿った細胞分化の制御メカニズムの解明に、大きな役割を果たしました。しかし着床前胚の分化には、細胞極性が関与しているという報告もあり、まだ、すべてのことが分かったわけではありません。今後は、その全容を明らかにしていきたい。」とコメントしている。


掲載された論文

http://www.cell.com/developmental-cell/retrieve/pii/S153458070
900077X

 
関連記事 *1 多能性幹細胞が生まれる時
  *2 Tead4が栄養外胚葉の分化に必須の役割
  *3 細胞間の接触が細胞増殖を制御するしくみ


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