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細胞外マトリクスが気管の長さを決めるメカニズム

2014年05月02日
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大空に枝を広げる大樹のように、私たち動物の体の中にも複雑精緻な枝の構造がある。血管や気管等の管腔構造のネットワークは、太い枝から細い枝へとなめらかに分岐を繰り返し、体の隅々まで張り巡らされる。体の大きさや中を流れる物質の特性に合わせて最適な長さと太さが維持されることで、効率のよい物質循環を実現している。たとえばショウジョウバエの胚は、約0.5ミリの体長にぴったりとおさまる長さの気管を作り、孵化に備える。胚は生まれる以前から、どのようにして気管の「最適な形」を知るのだろうか。

理研CDBのBo Dong 国際特別研究員(形態形成シグナル研究チーム、林茂生チームリーダー)らは、気管が過剰に伸長するショウジョウバエの変異体を用いた解析から、気管内腔にある細胞外マトリクスの弾性力が気管の長さを制御する仕組みを明らかにした。フランスCurie研究所との共同研究として進められた本成果は、科学雑誌Cell Reports に5月2日付けでオンライン掲載された。

  1. (左)ショウジョウバエの気管系。中央の太い管が、shrub 変異体では過剰伸長して波形のように湾曲する。
    (右)気管上皮細胞の頂端側の細胞膜(アピカル細胞膜:水色)、基底側の細胞膜(緑)、核(青)、
    管腔内の細胞外マトリクス(ピンク)を染め分けると、shrub 変異体ではアピカル細胞膜が過剰に伸長しているが、
    細胞数はさほど変わらないのが分かる。

ショウジョウバエの気管は、中央を走る太い管と、そこから背側・腹側に分岐する細い管から成る。発生期の気管内腔には細胞外マトリクスが満たされているが、孵化直前に一気に分解・吸収され、ガスに置き換わることで気管が機能し始める。気管を形づくる上皮細胞は、内腔に接する頂端側の細胞膜(アピカル細胞膜)と側方・基底側の細胞膜で組成が異なり、それぞれ別の経路で合成されることが知られる。これまで、様々な変異体の解析から、気管の形態形成にはアピカル細胞膜の合成や管腔内の細胞外マトリクスの成分、上皮細胞同士の接着等が重要であることが示唆されてきたが、詳細なメカニズムは不明だった。

そこで研究グループは、気管の長さ制御のメカニズムに着目。管の長さに異常をきたす変異体を探索したところ、中央の管が過剰伸長し、さながら正弦曲線のような規則正しい波形に湾曲するshrub 変異体を同定した。shrub 遺伝子は、小胞輸送の際に細胞膜の変形・陥入・分離に機能するESCRTⅢ複合体の構成因子Vps32をコードする。shrub変異体の気管は、長さは過剰に伸長するが、太さはほぼ正常だった。そこで、気管上皮細胞の頂端側と基底側の細胞膜をそれぞれ異なる色で染め分けて詳細に観察すると、shrub 変異体では正常体と比べてアピカル細胞膜が長軸方向にのみ拡張するのに対し、基底側の細胞膜はほぼ変わらず、細胞数自体にも大きな変化は見られなかった。

また、shrub 変異体では小胞輸送装置の異常により、様々な膜タンパク質が細胞膜上に表出できずに細胞質中に留まる局在異常が認められた。アピカル細胞膜の伸長に寄与するCrbもその1つだ。本来アピカル細胞膜上に局在するCrbは、shrub 変異体では小胞体内に過剰に蓄積することが分かった。Crbの蓄積によってシグナルが異常亢進し、アピカル細胞膜が過剰に合成され、蛇行する気管を作り上げていたのだ。このメカニズムは、shrub の変異とCrbの発現が半減する変異を組み合わせたショウジョウバエは、気管の過剰伸長の症状が回復することからも確認できた。

shrub 変異体では伸長した気管が規則正しく波形に湾曲するが、ここには何か物理的なルールがあるに違いない。たとえば、アピカル細胞膜の伸長力に拮抗する力が働いているのではないか。そこで研究グループは、アピカル細胞膜が直接接する細胞外マトリクスに着目した。気管内腔を満たす細胞外マトリクスは、主に多糖のキチンや巨大タンパク質Dumpy(Dp)等で構成されている。そこで光退色後蛍光回復(FRAP)解析を用いてDpの物性を調べると、Dp分子は管腔内ではほとんど移動せず、気管の伸長に合わせて分子群全体がゴムのように引き延ばされることが分かった。細胞外マトリクスと細胞膜は、糖鎖付加分子EOGTの作用でしっかりと結合されていることが知られる。このような細胞外マトリクスの弾性力が、アピカル細胞膜の伸長力に拮抗する力である可能性が高い。

そこで、コンピュータ上でこのメカニズムを再現するべく、得られた実測値を元にシンプルな物理モデルを構築した。円柱状の細胞外マトリクスを中心に据え、その周囲をアピカル細胞膜が包む様子を想定する。両者はしっかりと連結されている。ここで、アピカル細胞膜が合成され長軸方向に伸長すると、これに伴って細胞外マトリクスは引き延ばされる。そして、あるところで両者の力が釣り合うと、気管の伸長は止まるのだ。また、shrub 変異体を含め、気管の過剰伸長を示す様々な変異体の異常をシミュレーションすると、アピカル細胞膜の過剰合成、細胞外マトリクスの成分変化に伴う弾性力低下、アピカル細胞膜と細胞外マトリクスの連結異常のいずれの場合も、正弦曲線状の湾曲した気管が形成され、実際の変異体が示す症状を見事に再現することができた。

「体の主要な構成要素でありながら『支持物質』のイメージが強い細胞外マトリクスですが、今回、形態形成を積極的に制御する細胞外マトリクスの新たな機能が明らかになりました」と林グルーディレクターは語る。「生物の形は、様々な要素の相互作用の結果として生み出されます。芸術的とも言える精密で美しいフォルムに、機能性も兼ね備えている。このような調和された生物の『形』の裏に隠されたメカニズムに、今後も迫っていきたい」と目を輝かせた。

掲載された論文 Balance between Apical Membrane Growth and Luminal Matrix Resistance Determines Epithelial Tubule Shape
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