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表皮のWntシグナル経路が真皮の脂肪細胞分化を誘導

2014年06月04日
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皮膚は体外環境から内部を隔離して保護するだけでなく、感覚器としての機能、また体温の調節、老廃物の排出、免疫機能など様々な役割を持っており、我々動物にとって非常に重要な器官である。ほ乳類の皮膚は表面より表皮、真皮、皮下組織からなるが、その構造は複雑で、多種多様な細胞や組織でできている。これらの細胞や組織の形成は細胞同士の相互作用により調節されるが、そのような相互作用で良く知られるものに、毛を産生する器官である毛包の成長サイクルと、それを取り囲む脂肪細胞層の厚みの変化の関係が挙げられる。これまでに脂肪細胞層の脂肪細胞が分泌する物質が毛の成長サイクルを調節することは知られていたが、脂肪細胞自身がどの様な制御を受けるのかは不明であった。

理研CDBの藤原裕展チームリーダー(細胞外環境研究チーム)らは、マウスを用いた実験で、表皮基底層のWnt/β-cateninシグナル経路が、脂肪生成因子の分泌を介して真皮の脂肪細胞の分化を誘導することを示した。これにより、表皮における毛周期依存的なWnt経路の活性化が、脂肪細胞分化と毛の成長サイクルの同調の要因となることが明らかになった。この研究は、同氏の前職であるCancer Research UK Cambridge Research InstituteおよびKings College Londonとの共同研究で行われ、Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America (PNAS) 誌の4月15日号に発表された。

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  2. Wnt-β -cateninシグナルを阻害した変異マウスでは皮膚の脂肪細胞層が減少している。
    (左)生後223日までの脂肪細胞層の面積の変化。(右上2枚)皮膚切片。脂肪細胞層が薄くなり真皮網状層が増加。
    (右下)免疫染色像。分化した脂肪細胞はFabp1抗体に反応し緑色に見える。

毛包は成長期、退行期、休止期を繰り返し、サイクルごとに1本の毛を産生する。毛包が成長期に入ると脂肪細胞層は増殖と分化により厚みを増し、毛包が退行期や休止期に入ると脂肪細胞層は薄くなる。研究チームはまず生後80日までのマウスの皮膚の脂肪細胞層の厚みの変化を測定した。げっ歯類では体中の毛包の成長周期が同調する。生後10日目までの初めの毛包成長期で脂肪細胞層の厚みは増し、23日目の休止期までに劇的に減少した。また33日目の二度目の成長期に脂肪細胞の厚みは再び増し、68日目の次の休止期の開始までに減少がみられた。

毛包幹細胞でWnt/β-catenin経路が活性化すると毛包が成長期に入ることが知られていた。そこで毛包幹細胞の存在する表皮基底層のWnt/β-catenin経路を阻害したマウスを作製し、皮膚の発生を観察すると、毛包は正常に発生したが脂肪細胞層は通常に比べて薄く、一方で真皮網状層が増加していた。成体においても脂肪前駆細胞数は正常だが、脂肪細胞への分化の指標となる脂肪滴を内部に含む、分化した脂肪細胞の数が著しく減少していた。これらの結果より表皮のWnt/β-catenin経路が脂肪細胞の分化に重要であること、また経路が阻害されると、分化脂肪細胞が減少することによって脂肪層が薄くなることがわかった。

次に表皮基底層のWnt/β-catenin経路を活性化させてその影響を解析した。すると毛包が休止期から成長期に入ると共に脂肪細胞層の拡張がみられた。このときも脂肪前駆細胞の数は変わらず、分化した脂肪細胞が増加していた。また毛包を形成できない変異マウスを作製し、毛包が無くても表皮Wnt/β-cateninシグナルが脂肪細胞を誘導できること、すなわち毛包形成を介して間接的にではなく、直接真皮に働きかけて脂肪細胞形成を誘導することがわかった。

表皮と真皮は基底膜で区切られているため、表皮のWnt/β-cateninシグナルを真皮下層の脂肪細胞に伝えるのは、表皮から放出される分泌物質である可能性が考えられた。以前彼らが報告していた表皮Wnt/β-cateninシグナル誘導マウスの遺伝子データの再解析より、表皮では細胞外領域に関係する遺伝子群、真皮では脂肪代謝、細胞分化、細胞増殖の関連遺伝子群の発現が増加していることがわかった。すなわち、表皮からの分泌物質の存在、また真皮では脂肪代謝、細胞分化、細胞増殖が亢進されることが示唆された。

実際に表皮からの分泌物質が脂肪生成、すなわち脂肪細胞の分化を誘導することを確認するため、研究チームは、脂肪前駆細胞3T3-L1細胞をマウス表皮の分泌物質が含まれる培地で培養した。するとWnt/β-catenin経路を強制的に活性化させたマウス表皮の分泌物質が含まれる培地で培養した場合は、3T3-L1細胞の脂肪生成が早期に多数起きたが、Wnt/β-catenin経路阻害マウス表皮の分泌物質では脂肪がほとんど生成されなかった。これよりWnt/β-cateninシグナルによって表皮から脂肪生成因子が分泌され、脂肪細胞の分化が誘導されることが示された。さらに表皮のWnt/β-catenin経路の誘導や阻害で発現様式が変化した遺伝子群を、それぞれ3T3-L1細胞に作用させることで、脂肪生成に関わる分泌因子としてBmp2 (Bone morphogenetic protein2), Bmp6, Igf2 (Insulin-like growth factor2) の3つの因子を同定した。

以上より、表皮基底層におけるWnt/β-cateninシグナルの活性化によりBMPとinsulinシグナル経路のリガンドが分泌され、真皮脂肪細胞の分化が誘導されることが示唆された。藤原チームリーダーは、「今回の結果より、表皮のWntシグナルが真皮脂肪組織の形態形成を制御していること、また脂肪細胞の分化と毛包の成長周期が同じ表皮Wntシグナルで制御されるために両者が同期することを明らかにしました。」と語る。「成長毛包がまっすぐ皮下に伸びるには、真皮層に新規スペースを獲得する必要があります。毛包は、体積膨張率の高い脂肪細胞の分化を誘導することにより、効率よくその目的を達成している可能性があります。」

掲載された論文 Epidermal Wnt/β-catenin signaling regulates adipocyte differentiation via secretion of adipogenic factors
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