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ショウジョウバエが低血糖になると?

2014年12月22日
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血糖と言えばグルコースを思い浮かべるが、昆虫など多くの無脊椎動物では血中(体液中)の主糖としてトレハロースを利用している。トレハロースはグルコースが2つ結合した二糖で化学的に安定であり、温度変化や乾燥といった環境ストレスから生物個体を守っていると考えられている。また、血中トレハロースの量は、ヒトと同様に、インスリンやグルカゴンといった内分泌系ホルモンの相同分子による制御を受けており、食餌状態に応じて糖代謝が調節されることが知られている。一方、発育過程におけるトレハロースの生理的な役割については未解明な点が多い。

理研CDBの松田寛子研究員と山田貴佑記テクニカルスタッフ(成長シグナル研究チーム、西村隆史チームリーダー)らは、トレハロースを欠損するショウジョウバエ変異体を解析し、トレハロースが、飢餓状態や低栄養状態における個体の生存と成長に重要な役割を果たすことを明らかにした。この研究成果は、Journal of Biological Chemistry誌に12月1日付けでオンライン先行発表されている。

  1. ショウジョウバエ幼虫期の中枢神経系。飢餓状態にすると、野生型(左)と比べてTps1変異体(右)では、
    中枢神経系のグリコーゲン量が大きく減少した。

ショウジョウバエは、組織中には多糖のグリコーゲンを貯蔵し、体液中には輸送体として二糖のトレハロースを利用し、かつ高濃度に貯蔵している。これらの貯蔵糖は必要に応じて単糖のグルコースに分解され、各組織でエネルギー(ATP)の産生に利用される。今回、研究チームは、トレハロース合成酵素であるTps1を欠損した変異体を作成し、発育過程におけるトレハロースの役割を調べた。

まず、正常個体(野生型)におけるトレハロースの量を調べると、初期胚では検出されないが、後期胚〜幼虫期の間に合成され、蛹期に急激に消費されることが確認された。また、トレハロースの合成は哺乳類の肝臓に相当する器官である脂肪体で特異的に起きていた。次に、Tps1変異体を調べると、予想通りトレハロースは全く合成されなくなっていた。しかしながら、Tps1変異体を通常餌培地で飼育すると、体重や大きさのわずかな減少はあるものの、ほぼ正常に幼虫は成長し、蛹が形成された。この蛹は、羽化前に致死となることが明らかになった。一方で、通常餌で成長過程の幼虫を水だけの飢餓培地に移して飼育した場合、野生型では3日以上生存するが、Tps1変異体ではほぼ全ての個体が1日で致死となった。つまり、飢餓耐性が大幅に低下していた。

飢餓耐性の低下の原因を探ったところ、Tps1変異体では、幼虫全体のATP量や代謝調節ホルモンに大きな異常はなく、飢餓時のタンパク質分解や貯蔵脂肪の分解によるエネルギー産生も野生型と同様に起きていた。しかし、Tps1変異体では中枢神経系においてグリコーゲンの量が飢餓後大幅に減少し、脳神経細胞が細胞死を起こしていた。これらの結果は、トレハロースを欠損すると、グルコースを主なエネルギー源とする脳神経細胞で局所的なエネルギー枯渇が起こり、これが致死の原因となっていることを示唆していた。

さらに、餌の組成を変化させた培地で飼育したところ、糖分が少ない培地においては、Tps1変異体の幼虫は蛹になる前に致死となった。一方、タンパク質が少ない培地(糖は通常の量)においては、蛹を形成するものの、その発育タイミングが遅延するとともに、蛹のサイズが野生型よりも顕著に小さくなった。詳しく調べたところ、Tps1変異体では体の成長制御に関わるインスリンシグナルの活性が低下していることがわかった。

  1. Tps1変異体(右)の幼虫をタンパク質の少ない培地で飼育すると、蛹のサイズが野生型(左)に比べて
    小さくなった。

これらの結果は、トレハロースが飢餓状態や低栄養状態といった環境変化に応じて、糖代謝の恒常性と成長のバランス調節、さらには生物個体の生存に重要な役割を果たすことを示していた。西村チームリーダーは、「Tsp1変異体では蛹が羽化せずに致死になりますが、トレハロースが蛹期に具体的にどのような役割を担っているのか今後明らかにしていきたいと思います。また、同じ貯蔵糖であるグリコーゲンとトレハロースをどのように使い分けているのかも興味深いです」と話す。

掲載された論文 Flies without Trehalose.
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