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卵子の細胞分裂に見られる不安定性

2015年06月09日
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自身の遺伝情報を後世に伝える卵子。だが、大切なはずの卵子の細胞分裂には、実はミスが多い。細胞分裂では通常、23対46本の相同染色体が正確に二分され、2つの娘細胞に分配される。このとき、染色体上の動原体に分裂装置・微小管が正しく接続することが重要だ。卵母細胞における染色体分配ミスは、ダウン症をはじめとする先天性疾患や流産の原因となる。しかし、卵母細胞の染色体分配の仕組み、さらには分配ミスが高頻度で起こる理由については、これまであまり分かっていなかった。

理研CDBの吉田周平研究員(染色体分配研究チーム、北島智也チームリーダー)らは、マウス卵母細胞の減数第一分裂を詳細に解析し、動原体(kinetochore)と微小管(microtubule)の接続部(KT-MT接続部)付近に残存するAuroraB/Cキナーゼが、正しい接続を不安定化してしまうことを発見。卵母細胞でKT-MT接続にミスが多い原因の一端を明らかにした。この成果は、科学誌Developmental Cellの掲載に先立ち、5月29日付でオンライン先行公開された。

  1. (左)減数第一分裂では、第二分裂と比較して、染色体が左右に引っ張られた後もAuroraB/CがKT-MT接続部近傍に留まっている。
      (赤:動原体、緑:AuroraB/C、青:染色体)
    (右)AuroraB/Cを阻害するとKT-MTの正しい接続が増す。(赤:動原体、緑:微小管、青:染色体)

DNA複製によりコピーしてできた姉妹染色分体ペアを2つに分配する体細胞分裂に対し、卵母細胞の減数第一分裂では対合した相同染色体ペアを2つに分配する。これまでの研究から、体細胞分裂では、動原体に微小管が接続して2つの動原体が物理的に引き離されることで、リン酸化酵素AuroraB/Cが動原体から空間的に離れ、動原体のリン酸化レベルが下がってKT-MT接続が安定化する機構が知られている。そこで研究チームは、卵母細胞の減数第一分裂におけるKT-MT接続の安定化機構について探った。

減数第一分裂期、相同染色体ペア上の2つの動原体に微小管が接続し反対方向に引っ張られると、相同染色体ペア全体は菱形と十字架の中間のような形で観察される。しかし、このタイミングではKT-MT接続は不安定なままだった。そこでこの時のAuroraB/Cの局在を調べると、動原体が微小管に引っ張られた後にもかかわらず、Aurora B/CはKT-MT接続部近傍に残存したままであることが分かった。一方、姉妹染色分体を二分する減数第二分裂の際には、動原体が引っ張られると同時にAuroraB/Cは接続部から離れており、第一分裂時との差は明らかだった。さらに、AuroraB/C阻害剤で処理すると正しい接続が顕著に増加したことから、減数第一分裂に特徴的に見られるAuroraB/Cの残存が、正しいKT-MT接続を不安定にする直接の原因であると考えられた。

それでは、減数第一分裂において、正しいKT-MT接続を安定化させる仕組みはないのだろうか。KT-MT接続部のリン酸化レベルを経時的に観察すると、相同染色体ペアが引っ張られた後しばらくは高い値を維持しているが、4~6時間後にはリン酸化レベルが大幅に低下していた。第一分裂時には、AuroraB/CをKT-MT接続部から空間的に引き離すことなしに、KT-MT接続部のリン酸化レベルを長い時間をかけて下げ、接続を緩やかに安定化させる分子機構があるようだ。

では、AuroraB/Cによるリン酸化を打ち消す分子の正体とは何だろうか。体細胞分裂においてAurora Bに拮抗して動原体を脱リン酸化することで知られるPP2A-B56に着目し、その局在を調べたところ、減数第一分裂では数時間かけて徐々に局在量がKT-MT接続部で増加することが分かった。さらにPP2A-B56を制御する分子を探索し、Cdk1依存的なBubR1のリン酸化がPP2A-B56のKT-MT接続部付近への動員を助けることを証明。徐々に蓄積するPP2A-B56がAuroraB/Cに拮抗し、KT-MT接続部を脱リン酸化することで接続を緩やかに安定化する分子機構の全体像を解明した。

今回の研究から、卵母細胞の染色体分配の意外な不安定性と、何ともマイペースな安定化機構が明らかになった。「卵母細胞は、動原体をAurora B/Cの活性から逃してやるのが上手くないようです。減数第一分裂では姉妹染色分体ではなく相同染色体を分けるために、動原体や染色体を特別な構造にしたことが仇となったのかもしれません。PP2A-B56を長い時間かけて動員して接続を安定化させる様子は、卵母細胞の苦心の策のように見えます。」と北島チームリーダーは語る。「卵母細胞は発生のスタート地点であるがゆえに、色々な特別な特徴を持っています。それが仇となって基本的な細胞内活動に弱点が生まれているとすれば、私たちが見ているのは生命のジレンマの一つかもしれません。」

掲載された論文 Inherent Instability of Correct Kinetochore-Microtubule Attachments during Meiosis I in Oocytes

 

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