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細胞周期を止めても神経前駆細胞の「時計」は進む

2016年05月06日
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巨大で複雑な大脳皮質は哺乳類の脳の最大の特徴だ。6層構造を成す様々な種類の神経細胞はいずれも脳室付近の領域に生じる未分化型神経前駆細胞(apical progenitor:AP)から生み出される。自己複製(対称分裂)して数を増やしたAPは、あるところから非対称分裂に分裂モードを切り替えて、自己複製を続けるAPと分化へ進むIP(中間型神経前駆細胞)を生じる。さらにIPから分化ニューロンを生み出すが、時間の経過に伴って生み出す細胞種を深層ニューロンから表層ニューロンへと順次切り替えていく。このことから、神経前駆細胞には発生時間の経過を感知する仕組みがあると考えられるが、細胞の中で進む「時計」が何によって規定されているかは未だ不明だ。

理研CDBの非対称分裂研究チーム(松崎文雄チームリーダー)と名古屋大学川口彩乃准教授らのグループはマウスを用いた研究で、神経前駆細胞を1細胞レベルでトランスクリプトーム解析し、発生時間の経過によってのみ発現量が増加または減少する「時間軸遺伝子」群を同定した。また、これらの遺伝子発現の変化は細胞周期を止めても影響なく進むことを明らかにした。本成果は科学誌Nature Communications電子版にて4月20日付で公開された。なお、川口准教授は2008年まで理研CDBの非対称分裂研究チームに在籍し、本研究は引き続き名古屋大学と共同で進められた。

  1. 哺乳類の大脳皮質発生の模式図。自己複製をくり返していたAPは、次第に分化モードを切り替え、IPを介して多様なニューロンを生じる。発生時間の経過に伴って、生じる分化ニューロンの種類も深層ニューロンから表層ニューロンへと移行していく。

神経前駆細胞の「時計」を司る分子を特定するには、大きな障壁があった。分裂モードの切り替えは胎生11日から14日にかけて細胞ごとにばらばらに起こるため、組織レベルの解析では同時にAPとIPが混在してしまう。つまり、「発生時間」と「分化段階」という2つの要素の切り分けが不可能だったのだ。そこで川口らは、1細胞ごとの転写産物を網羅的に調べるシングルセル・トランスクリプトーム解析を実施し、胎生11, 14, 16日目の細胞を比較。発現量が変化する膨大な数の遺伝子の中から、統計解析(主成分分析)により、発生時間の進行によってのみ発現が変化する「時間軸遺伝子」群を同定することに成功した。これらの遺伝子は神経前駆細胞の分化状態によらず、純粋に時間軸に沿って発現量が増加または減少していた。また、これらの遺伝子の発現に大きな変化が起こるタイミングは胎生12日目に集中していた。

多くの研究者たちは、細胞が時間を計る仕組みの最有力候補は細胞周期を利用したものだと考えるだろう。種々の遺伝子のリレーによって各ステージが刻々と切り替わる細胞周期は、すべての細胞に備わっている基本的な機構であり、時間の経過を計るにはとてもリーズナブルな仕組みに思える。そこで、マウス胎児の脳に直接遺伝子導入(エレクトロポレーション法)して細胞周期を一時的に止め、時間軸遺伝子の発現量の変化を観察した。その結果、胎生12日目前後を境に増加/減少する時間軸遺伝子の発現パターンは細胞周期を止めても変わらず維持されていた。さらに、細胞周期一時停止後のIPの分化パターンを調べると、深層ニューロンをスキップして、停止しなかった場合と同じ表層ニューロンへ分化することも判明した。これらのことから、細胞の「時計」は細胞周期とは関係なく進んでいくことが分かった。

  1. (左)主成分分析により、分化状態によらず時間経過によって発現量が変化する時間軸遺伝子(ピンクの縦軸に傾きが近いもの)を同定。
    (右)時間軸遺伝子の発現量推移。胎生12日ごろを境に、増加するものと減少するもの(各段青線の上下)がある。また、細胞周期を止めても推移する(下段)。

「興味深いことに、遺伝子導入して細胞周期を一時停止させた脳を摘出し、細胞をばらばらにして培養すると、時間軸遺伝子の発現量の増減は生体内のようには同調せず、変化するものとしないものが生じました。このことは、単一の細胞内で発現パターンを変化できるものと、他の細胞からのシグナルがあってはじめて変化できるもの、時間軸遺伝子にも2つのタイプがあることを示唆しています」と松崎チームリーダーは語る。「生物の中の時間がどのように進むかはこれまで大きな疑問でしたが、有力視された仮説は、脳の発生過程の場合、否定されたと言えるでしょう。では、『時計』の正体とは何なのか?今回の研究から、それを解明する糸口は掴めたと考えています。今後は、同定した多数の時間軸遺伝子の中から特に重要なものをあぶり出し、細胞の『時計』を制御する分子機構の全体像を明らかにしたい。」

掲載された論文

Cell-cycle-independent transitions in temporal identity of mammalian neural progenitor cells.

 

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