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マウスを冬眠させるには? ―能動的低代謝の誘導・解析が可能に―

2016年11月16日
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11月、リスやクマはそろそろ冬眠に入る頃だ。冬眠動物の中には正常時の2~3%まで代謝量を下げるものいることから、冬眠は究極の「省エネ」状態と言える。このような能動的な低代謝状態を人にも安全に誘導することができれば、移植用の細胞・臓器の長期保存や、重症患者の延命も可能になるかもしれない。冬眠のメカニズムはいまだ多くの謎に包まれているが、年1度のイベントである上、冬眠動物は生物種として希少なものが多く、研究には困難が伴う。しかし最近、主要な実験動物であるマウスも「休眠」と呼ばれる低代謝状態をとることが報告された。冬眠のように長期間ではなく数分~数時間単位で起こるが、通常の睡眠とは明らかに異なり、基礎代謝が30%程度まで落ちる。マウスをモデルに用いることができれば、冬眠研究の飛躍的な進展も期待できる。

理研CDBの砂川玄志郎研究員(網膜再生医療研究開発プロジェクト、髙橋政代 プロジェクトリーダー)らは、個々のマウスの代謝量の実測値をもとに「休眠」を定義づけるアルゴリズムを開発し、休眠状態を安定的に評価できる手法を確立。さらに、正常時と休眠時の体内の体温調節システムの変化を解析し、マウスの休眠と冬眠との共通点を見出した。本成果はオンライン科学誌Scientific Reportsに11月15日付で掲載された。

  1. (左)マウス飼育システム。温度管理できるチャンバー内に飼育ケージを設置し、酸素消費量を測定する。マウス体内には体温測定用のマイクロチップを埋め込んでいる。 (右)体温および酸素消費量の実測値から外れ値を割り出し、休眠状態と定義(黒点部)。

恒温動物の体内には、体温を一定に保つ体温調節システムが備わっている。外気温が低くなるほど体温は失われやすくなるが、それに対抗して体内では常に熱を作り続ける。このシステムが停止し体温が一定レベルを下回ると、通常は組織や細胞がダメージを受けて死んでしまうわけだが、冬眠や休眠の場合そうはならない。つまり、冬眠動物や休眠動物には組織・細胞レベルで体温維持を「諦める」仕組みが備わっていると考えられる。

休眠は冬眠に比べて期間が極端に短く不安定である上、個体間のばらつきも大きかったため、これまで「休眠状態」を正確に定義し評価することは難しかった。そこで砂川らはまず、マウスに直接触れることなく体温と酸素消費量を測定・記録できる飼育システムを開発。外気温を管理した環境で3日間記録し続けた実測値を基に代謝量を算出し、その外れ値から低代謝状態である「休眠状態」を定義した。この定義に従って休眠の誘導方法を検討したところ、外気温が12℃以上の場合、丸1日間の絶食によって安定的に休眠状態を誘導できることを明らかにした。

体内の体温調節システムは、①熱伝導性(熱の失われやすさ)、②設定体温(体の中心部の温度を何度に保とうとするか)、③現在の体温、④システムの感受性(設定体温と実際の体温との差をどのくらい積極的に埋めようとするか)、などのパラメーター(変数)でモデル化できる。これらの変数の値は、外気温の変化に対する体温や代謝量の変化から推定値を算出することが可能だ。冬眠動物は、冬眠に入るとまずシステムの感受性が大きく低下し、次いで設定温度も徐々に低下して、最終的に外気温+数℃まで体温を下げることが報告されていた。そこでマウスの休眠時の上記変数の変化を調べると、設定温度はほとんど変化しないが(3.79℃低下)、感受性が冬眠と同レベルまで大きく低下(92%低下)することが判明した。

「今回の研究から、体温調節システムの感受性の大幅で急激な低下という現象が、冬眠と休眠に共通して見られることが分かりました。つまり能動的な低代謝の導入には、『設定体温と実際の体温に差があっても、がんばって熱産生しなくていい』という何か別の指令が下るか、『熱産生しろ』という本来の指令を無視する仕組みが存在する可能性を示唆しています。その指令を送る側と、受け取る側の正体を探るのが次の目標です」と砂川研究員は語る。「今回の研究で、マウスを能動的低代謝のモデルとして活用する道が拓けました。マウスを用いれば、個体レベルの応答に加え、組織・細胞レベルの応答も詳細に解析できると期待しています。やりたい実験が山積みで、今後も忙しい日が続きそうです。」

掲載された論文

Hypometabolism during Daily Torpor in Mice is Dominated by Reduction in the Sensitivity of the Thermoregulatory System.

 

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