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ヒトES細胞から海馬ニューロンの誘導に成功

2015年11月25日
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タツノオトシゴに良く似た海馬は、記憶の形成や学習に重要な役割を果たすことで知られる。海馬が機能障害に陥ると認知症状や精神症状を引き起こすため、中枢神経系の中でも多くの関心を引く領域の一つである。海馬は大脳辺縁系の一部で、発生学的には、終脳背内側部(dorsomedial telencephalon)の内側外套(medial pallium)と呼ばれる部位に由来する。内側外套は、大脳新皮質と、脈絡叢(choroid plexus)や内側周辺部(cortical hem)といった正中線上の構造との間に生じる。脈絡叢と内側周辺部は、オーガナイザーとして背側化因子を分泌して終脳のパターン形成を行うことが知られ、内側外套もこれに伴って誘導される。しかし、胎児脳の深部で起こるこれらの発生は解析が難しく、海馬形成の詳しいメカニズムは現在のところ良く分かっていない。

理研CDBの坂口秀哉大学院リサーチアソシエイト(立体組織形成研究チーム、永樂元次チームリーダー)、笹井芳樹元グループディレクターらは、ヒトES細胞から自己組織化によって終脳の海馬原基を誘導し、さらに錐体細胞や顆粒細胞といった成熟した海馬神経細胞を得ることに成功した。海馬神経の試験管内誘導が可能になり、海馬の発生メカニズムやアルツハイマー病などの関連疾患の研究が大きく進むと期待される。この研究成果は、Nature Communicationsに11月17日付けでオンライン発表された。なお、坂口氏は、京都大学医学研究科の大学院生で、連携大学院制度により理研CDBで研究を行っている。

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  2. (左上)培養42日目の神経上皮の様子。脈絡叢(赤:TTR陽性、白:Lmx1a陽性)と隣接して、内側周辺部
    (TTR陰性、Lmx1a陽性)と内側外套(緑:Foxg1::Venus陽性、マゼンタ:Lef1陽性)が連続して形成されている。
    (右上)培養179日目に観察された神経細胞。赤:KA1陽性の錐体細胞と、白:Prox1陽性の顆粒細胞が見られる。
    (下)培養143日目のカルシウムイメージングでは同期発火を認める。

研究グループはこれまでに、マウスおよびヒトの多能性幹細胞から、中枢神経系を効率よく誘導する無血清立体浮遊培養法(SFEBq法)を開発し、大脳新皮質や小脳皮質、脳下垂体、網膜などの立体組織を誘導することに成功していた。今回彼らは、このSFEBq法を基盤に、まず終脳の最も背内側に位置する脈絡叢を誘導する培養条件を同定し、その条件を調節することで、中間部の構造であり、海馬原基が生じる内側外套を誘導することを試みた。

まず、以前に確立したSFEBq法でヒトES細胞の凝集塊を浮遊培養し、大脳新皮質組織を誘導した(科学ニュース:2013.12.16)。培養18日目から、この神経組織に背側化因子として知られるWntとBMP4シグナルを添加し続けたところ、神経上皮で見られたFoxg1の発現が低下し、脈絡叢と内側周辺部に特異的なマーカー遺伝子が発現するのが確認された。培養42日目には胎児の脈絡叢に似た上皮構造も確認され、立体培養によって効率よく脈絡叢が誘導されたことが示された。次に、WntとBMP4を添加するタイミングや期間、濃度などを検討し、脈絡叢だけでなく、将来の海馬領域を含む中間部の構造を誘導する条件を探った。その結果、WntとBMP4の処理を3日間で止め、その後42日目まで背側化因子無しで培養を続けると、脈絡叢の隣に内側周辺部が形成され、さらにその隣に内側外套が形成されていることがマーカー遺伝子の発現から確認された。これは、神経上皮を背側化因子で一過的に処理することで、脈絡叢、内側周辺部といったオーガナイザーが部分的に誘導され、さらに、内側外套が連続する組織として自己組織化的に誘導されたことを示唆していた。つまり、終脳のパターン形成が再現されていたようである。

次に、得られた内側外套から海馬を成長させることを試みた。当初は50日以上培養すると組織が崩れる傾向があったが、27日目に培地の種類を変える、35日目に凝集体を半分に切断する、50日目から酸素透過性の高い培養皿に移すなどすることで、連続的な神経上皮を75日目まで維持できるようになった。すると61日目に、発生途中の海馬に特異的な遺伝子の発現が確認され、内側外套から海馬原基が生じていることが示唆された。

組織構造を良好に維持したまま100日を超えて培養するのは困難だったため、73〜84日目に細胞凝集塊を分散して培養し、成熟した神経細胞の誘導を試みた。すると、一度単細胞に分散された細胞は徐々に凝集体を形成し、197日目にはその凝集体の約80%が海馬神経細胞に分化していることが確認された。それらの遺伝子発現や細胞形態を詳しく調べると、海馬のCA3領域に存在する錐体細胞と海馬歯状回に存在する顆粒細胞に相当する細胞がおよそ34%ずつ含まれていることも明らかになった。また、産生された細胞には、グリアの一種であるアストロサイト様の細胞も含まれていた。

最後に、得られた海馬神経細胞の機能解析を行なった。まず、錐体細胞の電気的活動をパッチクランプ法で調べ、機能性を有するシナプスを形成できるまでに成熟していることを確認した。さらに、培養143日目の神経組織の細胞内カルシウム動態をライブイメージングで解析すると、個々の細胞で自発的な神経発火が起きており、さらに培養を続けると、神経活動の同期が見られた。これらの結果は、ヒトES細胞から機能的な海馬神経が誘導されていることを示していた。

永樂チームリーダーは、「海馬の発生過程を試験管内で再現できるようになったことの意義は大きいと思います。今後、海馬内のパターン形成や領域化の仕組みを生体内に近い条件で研究することができます。また、アルツハイマー病や統合失調症といった海馬関連疾患を対象とした基礎研究の発展にも役立てば嬉しいです」とコメントした。

掲載された論文

Generation of functional hippocampal neurons from self-organizing human embryonic stem cell-derived dorsomedial telencephalic tissue

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