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損傷後の誤った軸索配線が嗅覚異常を引き起こす

2016年10月26日
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街に漂うキンモクセイの香りに、秋の深まりを感じる。私たちは日々多様なにおいを嗅ぎ分け、それらを記憶することができる。においは、におい物質が鼻腔の嗅上皮と呼ばれる部位に並ぶ嗅神経細胞の受容体にキャッチされ、その信号が脳に伝わることで感知される。哺乳類には約1000種類もの受容体があると言われており、それらの情報は神経細胞の軸索を介して、脳の嗅球にある糸球体と呼ばれる「番地」に正確に送り届けられる。軸索の配線は本来、生涯に渡り維持されているが、嗅覚の異常の1つの「異臭症」は交通事故等の頭部の外傷に伴って嗅神経細胞軸索が損傷を受け、例えばキンモクセイの甘いにおいを悪臭に感じてしまうといった嗅覚の錯誤をきたす。生活の質(QOL)に大きな影響を及ぼす疾患だが、現在のところ有効な治療法はなく、原因もよく分かっていなかった。

理研CDBの村井綾研修生(感覚神経回路形成研究チーム、今井猛チームリーダー)らは、嗅神経細胞軸索損傷モデルマウスを詳細に解析し、損傷後の修復過程で嗅神経軸索の投射が乱れ、さらに軸索と結合する僧帽細胞の樹状突起との接続性が低下することを発見。異臭症が引き起こされるメカニズムを明らかにした。本成果はオンライン科学誌eNeuroに10月5日付で先行公開された。なお、村井研修生は岡山大学大学院医歯薬学総合研究科に所属しており、本成果は岡山大学大学院耳鼻咽喉・頭頚部外科学教室との共同研究で行われた。

  1. 嗅球を真上から見ると(水平断面)、切断後の軸索投射が前方に大きくシフトしている(緑:嗅覚受容体の1種であるMOR29Bを発現する嗅神経細胞、スケールバーは500μm)(左)。嗅球を正面から見ると(環状断面)、本来は嗅球後方に投射するはずのNrp1陽性の軸索が前方に見られ、Nrp1陽性/陰性細胞が混在して細分化した糸球体様の構造を作っている(青:核、緑:嗅神経細胞(OMP)、赤:Nrp1、スケールバーは共に100μm)(右)。

嗅覚神経系のネットワークは実に精巧だ。嗅神経細胞は1細胞につき1種類の嗅覚受容体を発現しており、同じ受容体を持つ神経細胞の軸索は1つの糸球体に集約し配線される。においの情報は、約1000種の受容体に対応する約1000個の糸球体の発火パターンとして認識されるのだ。興味深いことに、嗅神経細胞は神経細胞には珍しく活発にターンオーバーするが、細胞が入れ替わっても軸索の配線は安定的に維持されている。通常のターンオーバーの過程では正しく配線できるのに、頭部外傷後の回復時には軸索配線がうまくいかず、異臭症を引き起こしてしまうのはどのような理由によるのだろうか。

村井らは外科的に神経細胞の軸索配線の一部を切断し、頭部外傷による嗅神経細胞軸索損傷のモデルマウスを作製。この回復過程を詳しく解析することで、異臭症のメカニズムを探った。嗅神経細胞の軸索投射は通常、前後軸方向の大まかな位置決めをし、その後細かな位置修正をして特定の糸球体へ投射する、という2段階で行われる。しかし損傷モデルマウスの軸索は、前後軸方向の大まかな位置決めが乱れ、本来後方に投射するべき軸索を前方に投射してしまう異常が見られた。さらに、前方側の糸球体には誤った軸索投射が集中することで、個々の糸球体が小さく細分化されていた。

  1. 僧帽細胞から伸びる樹状突起が、切断後には顕著に減少している(青:核、緑:僧帽細胞(Thy1))(左)。また、樹状突起の形を描き出すと分岐構造が未熟なのが分かる(右)。スケールバーはいずれも100μm。

次に、糸球体から情報を受け取り、さらに中枢へと伝える僧帽細胞についても解析した。通常、僧帽細胞はそれぞれ1本の樹状突起を糸球体に接続している。しかし、嗅神経細胞の軸索を損傷すると84日経っても約半数が再接続できず、樹状突起先端の分枝構造が萎縮しており接続自体も不十分だった。実際に生体内ライブイメージングで僧帽細胞の神経活動を確認しても、損傷モデルでは嗅神経細胞の回復後も正常の場合に比べ、におい刺激に対する反応性が顕著に低下していることが分かった。

「頭部損傷により軸索がまとまって切断されると、軸索投射にミスが生じたり、僧帽細胞の接続性が低下したりといった不具合が生じます。このことから通常のターンオーバーの際は、神経細胞は既存の軸索を『道しるべ』兼『足場』として利用していると考えられます。回復後に僧帽細胞の樹状突起が退縮してしまうのも、足場としての軸索の重要性を物語っているのではないかと私たちは考えています」と今井チームリーダーは語る。「いずれにしても、異臭症は足場としての軸索が損傷によって変性し、なくなってしまうことが原因であると考えています。軸索が損傷を受けても変性を遅らせることができれば、異臭症を防げるのではないか?今後はこのような可能性を考えて異臭症克服のヒントを探りたいと考えています。」

掲載された論文

Distorted Coarse Axon Targeting and Reduced Dendrite Connectivity Underlie Dysosmia after Olfactory Axon Injury.

 

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