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自家iPS細胞由来網膜細胞を用いた加齢黄斑変性の臨床研究

2017年03月17日
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加齢黄斑変性は、先進国において失明原因となる主要な疾患の一つで、日本でも50歳以上の1%以上が罹患していると言われる。網膜色素上皮細胞(retinal pigment epithelium cells:RPE細胞)は網膜の裏側にある単層のシート状組織で、網膜への栄養供給、老廃物の排出、脈絡膜からの血管侵入を防ぐバリア機能を担う。この細胞の機能が加齢とともに低下すると、脈絡膜から本来の境界を超えて網膜や網膜色素上皮の下に過剰な新生血管が伸長し、「滲出型加齢黄斑変性」を引き起こす。この病変は視力の高い網膜の中心部(黄斑部)で特に起こりやいことから、「見たいものが見えない」状態となり、生活の質を大きく下げる疾患と言える。

理研CDBの髙橋政代プロジェクトリーダー、万代道子副プロジェクトリーダー(網膜再生医療研究開発プロジェクト)らは、先端医療財団先端医療センター病院、神戸市医療センター中央市民病院、京都大学iPS細胞研究所らと共同で、2013年8月より自家iPS細胞を用いた加齢黄斑変性の臨床研究を開始し、2014年9月に一例目の患者への移植手術を実施した(*科学ニュース2014.9.15)。今回、これらの研究成果を改めて症例報告の論文としてまとめ、詳細なプロトコルや解析データと併せて、医学誌New England Journal of Medicineに3月16日付で発表した。

  1. 左から、1例目患者由来RPE細胞、RPE細胞シート(*が移植したシート)、移植後のRPEシート(矢印が移植片)

現在、滲出型加齢黄斑変性の治療は、新生血管を抑える抗VEGF製剤の硝子体注射やレーザーを用いた光線力学療法などが一般的だ。しかしいずれも対処療法に過ぎず、再発を繰り返しながら徐々に悪化していく例も少なくない。海外ではRPE細胞に対する外科手術も検討され、1990年代には胎児由来、2000年代には自身の周辺視野部のRPE細胞の移植が試みられた。しかし、前者は免疫拒絶されること、後者は手術の侵襲性が高いことからリスクが大きすぎると懸念され、治療法としては定着しなかった。CDBではこれまでに器官発生研究グループ(笹井芳樹グループディレクター)と高橋らの共同研究により、多能性幹細胞からRPE細胞を分化誘導する技術を確立していた。そこで今回、患者自身の細胞由来のiPS細胞(自家iPS細胞)から作製したRPE細胞を患者の目に移植する手法を検討するべく、臨床研究を実施した。

本臨床研究には2名の患者が参加した(1症例目:70代女性、2症例目:60代男性)。皮膚から採取した細胞にエピゾーマルベクターを用いて遺伝子(GLIS1L-MYCSOX2KLF4OCT3/4)を導入してiPS細胞を樹立。これらからRPE細胞を分化誘導し、さらにRPEシートを作製した。作製した移植用RPEシートは、細胞の形状、遺伝子発現解析(RT-PCRおよび免疫染色)、生細胞率などの品質規格試験に加え、RPE細胞機能試験(貪食能、成長因子分泌能)や造腫瘍試験を実施し品質を確認。各規格を満たすRPEシートを、1症例目で2ライン、2症例目で1ラインを得た。さらに、参考データとしてiPS細胞とRPE細胞の全ゲノム解析、エピゲノム解析等を実施した。

1症例目では、2014年9月に移植手術を実施。1.3×3mmにカットしたRPEシートを、新生血管を抜去した網膜下腔に移植した。経過観察を続けているが、術後2年以上が経過した現在も、シートは移植部位に留まっており、細胞の異常増殖や免疫拒絶といった有害事象は起こってない。加えて、術前は抗VEGF製剤を投与しても視力は下降を続けていたが、術後は注射なしでも視力が維持されていることを確認している。一方、2症例目では規程の評価試験は全てクリアしたが、参考に実施した全ゲノム解析で移植用RPE細胞のX染色体上に、患者の由来細胞にはなかった遺伝子欠損が認められた。このことについて、その意義は不明ながら一致した解釈が得られなかったこと、加えて既存の抗VEGF製剤投与により病状が安定していたことから、移植は見送られた。

  1. (上)手術前後の眼底写真。手術前は矢印に囲まれた☆印部分に脈絡膜新生血管が広がっているが、術後3日目には同じ☆印部分で、それまで新生血管の後ろに隠れていた脈絡膜血管がきれいに見えている。移植片挿入の切り口に出血が見られたが(黄矢印)、その後すぐに吸収され、1年後も移植片が生着していた(白矢印)。 (下)手術前後の網膜断層像。手術前に見られる脈絡膜新生血管(黄点線)が術後には除かれている。また、1年後まで移植片(黄太線)が維持されており、そのすぐ横の部分(黄矢印)でもきれいな網膜構造や脈絡膜が保たれていることから、機能的な網膜色素上皮が周辺にも若干伸展していると考えられた。

「今回、自家iPS細胞を用いて安全に治療が行える例を示すことができました。視機能の改善について検討する段階ではありませんが、さらに安全が確認され、より早期の患者に応用するようになれば視機能も維持だけではなく改善効果が得られる場合もあるのではないかと考えています」と高橋プロジェクトリーダーは語る。「一方で、自家iPS細胞を使用することの問題である、培養時間とコストの削減は最重要課題です。加えて、作製した移植用細胞の品質・安全性をどこまで保証すれば必要十分かの基準はまだ議論があり、細胞の科学的データと臨床データの蓄積が不可欠だと感じています。今後も続いていくiPS細胞を用いた様々な疾患の臨床研究を見据えて、実用化に向けて一つ一つ課題をクリアしていきたい。」

掲載された論文

Autologous Induced Stem-Cell–Derived Retinal Cells for Macular Degeneration.

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