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PCDH19の変異がてんかんや知的障害をもたらす仕組み

2017年08月31日
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てんかんや知的障害は、特定の遺伝子の異常によって生じることがある。X染色体上に存在する遺伝子プロトカドヘリン19(PCDH19)は原因遺伝子の一つだ。X染色体上の遺伝子の異常によって生じる疾患としては色覚異常や血友病などが知られるが、多くは、X染色体を1本しか持たない男性で高頻度に発症または重症化する。女性は2本のX染色体を持つため、一方のX染色体上に変異があってももう一方で補うことができるのだ。しかしPCDH19の変異による疾患は、これとは逆に、女性にのみ発生する。なぜ女性にのみ発症するのか、また、なぜPCDH19遺伝子の異常が疾患に至るのか。その仕組みはよく分かっていない。

理研CDBの林周一研究員(高次構造形成研究チーム、竹市雅俊チームリーダー)らは、Pcdh19欠損マウスを詳細に解析し、脳の組織構造や細胞形態に顕著な異常は観察されないが、遺伝子型(性別)によって特定の行動に異常を来すことを明らかにした。また、Pcdh19を脳の一部の細胞で過剰発現させると、Pcdh19強発現細胞同士が集まってクラスター化する性質を見出し、これが変異遺伝子を一方の染色体のみに持つ女性(X+X)に特異的に発症する原因となる可能性を示した。本成果は科学誌Scientific Reportsに2017年7月19日付で掲載された。なお、林研究員は、現在は英オックスフォード大学に籍を移して研究を行っている。

  1. (左)Pcdh19の代わりに青色色素LacZが発現するように遺伝子改変したマウスの脳。欠損マウスのオス(XY)はPcdh19陰性細胞(青)が大脳皮質全体に均一に広がるが、一方のX染色体にだけ変異を持つメス(X+X)は陽性細胞と陰性細胞がそれぞれクラスター化してまだら模様になる。
    (右)Pcdh19を過剰発現させると、ベクターのみ導入した細胞ではGFP導入細胞はランダムに散在しているが(上段)、Pcdh19を同時に導入した細胞ではPcdh19強発現細胞同士が集まってクラスターを作っている(下段)。

プロトカドヘリンは他のカドヘリンと同様に、細胞間接着に関与する膜タンパク質だ。しかし、古典的カドヘリンが細胞骨格分子と結合して細胞の構造維持・安定化に寄与するのに対し、プロトカドヘリンは細胞同士を接着しつつ、運動性を亢進する。例えば、林らは過去にマウスを用いた研究で、Pcdh17が脳の一部である偏桃体の神経細胞において、軸索同士を束ねながら伸長を促す働きを担っていることを示した(*科学ニュース2014.11.14)。PCDH17、PCDH19は同じサブファミリーに分類される近縁分子で、いずれも脳の発生または機能に関与することが示唆されている。特にPCDH19は「PCDH19関連症候群」の名で知られる通り、変異すると種々の脳疾患を引き起こすことが報告されている。

そこで林らはPCDH19の脳における機能を検証するべく、Pcdh19欠損マウスを作製し詳細な解析を試みた。野生型では、Pcdh19は脳組織で広く発現しており、特に大脳皮質の第5層や海馬のCA1で強く発現している。個々のニューロンの樹状突起に沿って分布し、一部の樹状突起上のとげ(スパイン)にも局在していた。これらを元に、欠損マウスの大脳皮質および海馬の組織構造や個々のニューロンの形態を詳細に観察してみたが、目立った異常は認められなかった。

一方、遺伝子型ごとに細胞の分布を調べると、興味深いことに、一方のX染色体だけに変異を持つメス(X+X)の脳ではPcdh19陽性細胞と陰性細胞がそれぞれクラスターを形成し、まだら状に分布していた。女性(メス)のX染色体は一方のみが機能し、もう一方は不活化されており、どちらのX染色体が不活化されるかは細胞ごとにランダムである。これがまだら模様の原因と考えられ、過去の知見とも一致していた。さらに、脳の一部の細胞だけにPcdh19を発現させるとPcdh19陽性細胞はどのように行動するのかを調べるため、野生型マウスの胎児の脳の一部の細胞にエレクトロポレーションでPcdh19を発現させると、強発現細胞同士が集まってクラスターを作った。このことから、Pcdh19の発現量に差がある細胞が混在すると、一部の細胞がクラスターを作り、均一であったはずの細胞の配列が乱れる可能性が示唆された。

次に、Pcdh19の欠損が行動に与える影響について調べるべく、藤田保健衛生大学との共同研究により種々の行動解析を実施した。社会性行動や学習・記憶に顕著な異常は認められなかった一方、オス(XY)、メス(X+X)ともに尾懸垂試験(Tail Suspension Test)で活動性の増加が観察され、ストレス環境下で過活動状態(多動)に陥りやすいことが示唆された。また、メス(X+X)でのみ、野生型と比べて恐怖反応が顕著に低下することも確認された。つまり、ヒトでの知見と同様にメス特有の異常が確認されると共に、オスでの異常も新たに確認されたことになる。

「Pcdh19の欠損は脳の組織や細胞の形態に大きな影響を与えないことから、神経細胞間のつながりの微妙な変化が行動異常を来すと考えられます。過剰発現の実験から、Pcdh19発現細胞同士は集まりやすいことが分かりました。この発見は、『PCDH19関連症候群が女性(X+X)でのみ発症するのは、Pcdh19陽性細胞が偏在することが何らかのひずみを生み、発症につながる』という従来の仮説を支持します」と竹市チームリーダーは話す。「脳の病気の場合、マウスでヒトの病態を再現することがうまくいくとは限りませんが、少しずつでも分子や細胞レベルでの理解を深めれば、将来の医学応用につながります。」

掲載された論文

Loss of X-linked Protocadherin-19 differentially affects the behavior of heterozygous female and hemizygous male mice

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