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匂いを嗅ぎ分けられるのはタイミングがズレるから

2017年12月07日
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ふと気付くとどこからかキンモクセイの匂いが微かにする。あたりを見回し、匂いの元をたどったところでその花を見つけるという経験をしたことはないだろうか。わたしたちはいろいろな匂いが混ざっている空気の中から特定の匂いを認識し、遠くで嗅いでも近くで嗅いでも強さの異なる匂いを「同じ匂い」と認識できる。匂い分子の濃度によらないで同じ匂いだと認識することを保証する仕組みは、嗅覚の情報処理のメカニズムにおける大きな謎であった。

理研CDBの岩田遼訪問研究員(感覚神経回路形成研究チーム、今井猛チームリーダー)らはマウスが匂いを認識するときの神経活動(発火)パターンを、2光子カルシウムイメージング法を用いて観察した。その結果、嗅球にある僧帽細胞の発火タイミングによって匂い刺激の種類が正確に区別されていることを明らかにした。本成果は科学誌Neuronに2017年12月7日付で掲載された。

  1. (左)嗅神経細胞と僧帽細胞における匂い情報処理。匂いはまず嗅上皮の嗅神経細胞によって検出され、嗅神経細胞は嗅球の糸球体で次の神経細胞である僧帽細胞の樹状突起とシナプスを形成している。
    (右)匂い分子は呼吸サイクルごとに鼻腔に取り込まれて、特定の種類の嗅神経細胞を発火させる。僧帽細胞では匂いの受容によって発火頻度の上昇や発火タイミングの変化(呼吸サイクルに対して前進もしくは遅延)が起こる。今回の研究では、2光子カルシウムイメージングによって発火の波を捉え、波の立ち上がりの点を発火タイミングと定義して解析を行った。

匂い分子は、呼吸とともに鼻腔に取り込まれる。鼻腔の嗅上皮には様々な匂い分子を認識する嗅神経細胞が並んでおり(ヒトでは約400種類、マウスでは約1000種類)、それぞれの嗅神経細胞には固有の嗅覚受容体が発現している。嗅神経細胞の軸索は、脳の嗅球にある糸球体と呼ばれる構造に伸び、そこで僧帽細胞の樹状突起とシナプスを形成する。嗅神経細胞によって入力された嗅覚情報を、僧帽細胞が電気的な神経活動(発火)として嗅覚中枢に出力することで匂いが検知される。これまでの研究で、僧帽細胞の発火は匂い刺激の種類によってその頻度やタイミングが変化することがわかっており、嗅球では僧帽細胞の発火頻度や発火タイミングの変化によって嗅覚情報を処理している可能性が示唆されていた。また、嗅上皮の嗅神経細胞は匂いの刺激だけでなく呼吸に伴う空気の流れのような機械的な刺激に対しても反応を示すことが示唆されていた。しかし、僧帽細胞の神経活動を生きた動物個体内で観察することは難しく、嗅覚情報処理のメカニズムの中でどのように匂い刺激と機械的刺激が区別されているのかについては不明だった。そこで岩田らは嗅覚情報処理のメカニズムを解明するため、生きたマウスの脳を深部まで観察可能な2光子励起顕微鏡を使ってカルシウムイメージングを行い、匂いを嗅がせたマウスの神経活動をカルシウム濃度の変化によって観察した。

まず岩田らは嗅上皮の嗅神経細胞が機械的刺激をどのように検知しているのかについて検討した。呼吸サイクルに伴う嗅神経細胞や嗅球の糸球体における僧帽細胞の神経活動を観察した結果、嗅神経細胞が空気の流れを感知すると僧帽細胞の発火は波のような周期的変動を起こした。この発火の波は糸球体ごとに異なっており、鼻腔を物理的に塞いで空気の流れをなくすと、発火の周期的変動が乱れた。つまり嗅神経細胞は呼吸のリズムに合わせて、僧帽細胞における発火の波を作り出していたのだ。

  1. 呼吸による機械的刺激を受容したときに見られる、嗅球の糸球体186個の振動パターン。

機械的刺激が生み出す僧帽細胞の発火は、匂い刺激の感知と関係しているのだろうか。僧帽細胞が匂い刺激を受けると、発火の頻度や発火のタイミングが変化することは知られていたが、どちらが匂いの情報処理において重要な役割を果たしているのかについてはわかっていなかった。そこでマウスに同じ匂いを一定期間(20呼吸サイクル)嗅がせたり、濃度の異なる匂いを嗅がせたりしたときの嗅球の糸球体における僧帽細胞の発火パターンの変化を解析した。すると、発火頻度は繰り返し匂いを嗅いだり匂い濃度を変化させたりすると変化したのに対して、発火タイミングの変化は常に一定であることがわかった。つまり、僧帽細胞が嗅覚中枢に出力する匂い情報とは、どんな濃度の匂いを何回嗅いでも安定した反応を示す、発火タイミングであると考えられた。そして匂い刺激に基づく発火タイミングの変化は、機械的刺激による僧帽細胞の発火の周期的変動がない状態ではバラバラに乱れることがわかった。機械刺激による発火の波は匂い情報処理を手助けする、いわばペースメーカーとして働いているのだ。

「従来、匂いは匂い分子が結合した嗅神経細胞の組み合わせによって認識されると考えられてきましたが、組み合わせだけでなくそれらが活性化する順番も匂い刺激の認識には重要であることがわかりました。さらに、嗅神経細胞が適切なタイミングで活性化するためには、空気の流れという機械的刺激によって僧帽細胞が発火の波を作り出していることが重要です。」と今井チームリーダーは語る。「匂い刺激によって固有な発火タイミングが生じるメカニズムを知ることが次の目標です。」

掲載された論文

Mechanosensory-Based Phase Coding of Odor Identity in the Olfactory Bulb

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