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細胞同士が接着できなくなった大腸がん細胞をもう一度接着させるには

2017年12月12日
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正常な上皮細胞は頂端部—基底部という極性を持ち、隣り合う細胞同士が頂端部側で強固に接着することで安定なシート状の構造(上皮組織)を形成する。細胞ががん化し悪性化が進むと、上皮構造が崩れて浸潤や転移が始まる。浸潤や転移は、進行したがんの治療を困難なものにしている大きな要因であるが、細胞間接着の異常がその引き金のひとつではないかと考えられている。しかし、がん細胞の接着性を回復させるような治療法は、今のところ開発されていない。

理研CDBの伊藤祥子研究員(高次構造形成研究チーム、竹市雅俊チームリーダー)らは、正常な細胞間接着構造が失われた大腸がん細胞株に対して、微小管の重合を阻害する薬剤が細胞間接着を回復させる作用があることを発見し、そのメカニズムを解析した。その結果、微小管の脱重合に起因するRhoAの活性化が細胞の頂端部表層でアクチンとミオシンの複合体であるアクトミオシンを収縮させ、それによって発生した張力が細胞と細胞の境界面に伝わって接着構造が再構築され、細胞間接着が復活することを明らかにした。本成果は科学誌Nature Communicationsに2017年11月28日付で掲載された。

  1. 大腸がん細胞株HT29細胞は互いに密着できない(上段)。微小管重合阻害剤(ノコダゾール)で処理すると細胞間接着が回復する(下段)。マゼンダ:ZO-1(密着結合)、青:E-カドヘリン(接着帯)、緑:α-チューブリン(微小管)

上皮細胞は、カドヘリンなどの接着分子を使って、隣り合う細胞と強固に接着する。しかし、多くのがん細胞ではなんらかの要因により接着構造が壊れ、細胞間接着が不安定になり、浸潤・転移を促進する原因のひとつでないかと考えられている。竹市らは過去に、カドヘリンやその制御因子カテニンを十分量発現しているにも関わらず接着できない大腸がん細胞株を見つけ、特定の薬剤刺激などによって強固な細胞接着を回復できることを報告した。しかし、その詳細なメカニズムはわかっていなかった。

伊藤らは、理研創薬・医療技術基盤プログラムの支援の下、細胞接着分子の発現量に異常はないが細胞間接着構造を形成できない大腸がん細胞株HT29細胞を用いて、接着構造を回復させる薬剤を網羅的に探索した。その結果、約16万種類の化合物ライブラリーの中から124種類の化合物に接着回復能が認められ、そのうち8割が微小管の重合を阻害する活性を持っていた。微小管重合阻害剤で処理したHT29細胞は、正常に近い細胞間接着構造を形成しただけでなく、細胞の極性も回復していた。では、微小管阻害剤はどのようにして細胞間接着を回復させたのだろうか。

  1. (左)微小管阻害剤の処理により、細胞表層でミオシンが細胞表層にサルコメアのように配列する。
    (右)細胞間接着回復の模式図。アクトミオシンの収縮による細胞表層の張力が、細胞境界面に伝わって新たな接着制御因子を引き寄せ、接着が回復する

微小管が脱重合するとGEF-H1が活性化される。GEF-H1はRhoAを活性化し、RhoAはROCKを介してミオシンを活性化する。微小管重合阻害剤で処理したHT29細胞を動画で観察すると、アクトミオシンが細胞の中心に向かって収縮していることが分かった。この時、ミオシンは筋肉のサルコメアに似た形状で細胞表層に配列していた。さらに、アクトミオシンを構成するアクチン繊維が細胞境界面に向かって伸び、この繊維には強い張力が働いていた。その結果、張力依存的にα-カテニンに結合することが知られているビンキュリンが細胞境界面に集まった。このビンキュリンの局在変化に従って、他のアクチン制御タンパク質が細胞境界面に集結した。まとめると、アクトミオシンの活性化によって発生した張力により、細胞境界面の分子の構成が変化することで、大腸がん細胞株の細胞間接着の形成が回復すると結論された。

「今回、微小管重合阻害剤によるRhoAの活性化が大腸がん細胞の接着を回復させるメカニズムを明らかにしましたが、微小管を壊さなくても何らかの方法でRhoAを活性化させれば、細胞間接着は回復することもわかりました。 生体のがん細胞でも頂端部RhoA活性に異常があることが他のグループにより報告されているので、RhoAが関与する接着異常はがん細胞に共通する性質なのかもしれません。」と竹市チームリーダーは語る。「しかし、何故がん細胞において細胞間接着に異常が起こるのか、そのメカニズムは依然として不明です。ともあれ、RhoAの活性を制御してがん細胞の細胞間接着を正常化させることができれば、がんの転移や浸潤を制御するような新しい治療法に繋がるかもしれません。」

掲載された論文

Induced cortical tension restores functional junctions in adhesion-defective carcinoma cells.

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