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ヒトES細胞由来網膜が移植後に成熟し、機能することをマウスモデルで確認

2018年03月08日
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目に入ってきた光の刺激は網膜の視細胞で受容される。視細胞には明るいところでものを見るときに使われる錐体細胞と、暗いところでものを見るときに使われる桿体細胞の2種類が存在する。視細胞が受けた光刺激は電気信号に変換されて双極細胞に伝達され、神経節細胞を介して脳に届けられる。網膜色素変性症は、桿体細胞が遺伝的要因によって変性・消失していくために、徐々に視覚が失われていく疾患である。3000人に1人の割合で発症すると言われているが、今のところ有効な治療法がないため、ES細胞/iPS細胞由来の網膜組織を用いた移植治療への期待が高まっている。

理研CDBの伊良波諭研修生、万代道子副プロジェクトリーダー(網膜再生医療研究開発プロジェクト、髙橋政代プロジェクトリーダー)らは、重度免疫不全末期網膜変性モデルマウスを作製し、そのマウスに移植したヒトES細胞由来網膜組織が構造的に成熟・生着し、機能的にも成熟して光刺激に対して反応することを確認した。本成果は科学誌Stem Cell Reportsに2018年3月1日付で掲載された。

  1. 図1. (左)移植したヒトES由来網膜組織(マゼンダ)が、視細胞マーカー(緑)を発現しながらホスト側マウス双極細胞(青)との間に
    網膜特異的なロゼッタ構造を形成している。
    (右)移植片(緑)とホスト側マウス双極細胞(青)の間にシナプス(黄色矢印)が形成されている。

万代らはこれまでに、マウスのES/iPS細胞由来網膜組織を用いた移植治療の有効性を報告してきた(ニュース2014.4.252017.1.202015.12.25)。一方、ヒトのES細胞由来網膜組織については、免疫不全ラットや視細胞変性サルへの移植後に成熟・生着することを明らかにしていたが、光を感知できるかどうかはわかっていなかった。そこで今後の臨床応用を進めるにあたって、移植したヒトES細胞由来網膜組織が機能的に成熟し、光刺激に対して応答するかどうかの検証を行った。

移植治療においては、”移植片そのものが機能して応答すること”と、”移植片からの栄養物質などの供給によって残っていた視細胞や視機能が回復すること(保護効果)”を区別する必要はないが、機能的な検証においてはこの2つを区別し、移植片そのものが機能していることを示す必要がある。しかし、これまで移植片の機能検証に使用していた網膜色素変性モデルマウスは、網膜組織の変性速度が非常に早いためヒトES細胞由来網膜組織が成熟・生着しないという問題があった。そこで、ヒト組織が機能的に生着可能な免疫不全マウスのモデルを確立するため、まず万代らは網膜色素変性モデルマウスと重度免疫不全モデルマウスを掛け合わせ、重度免疫不全末期網膜変性モデルマウス(NOG-rd1)を作製した。

次に、このNOG-rd1マウスにヒトES細胞由来網膜組織を移植して、移植細胞の成熟と機能について検証を行った。その結果、移植した細胞が成熟し、層構造を形成して生着することが組織学的な観察から確認された。また、電子顕微鏡を用いた観察によって、移植した網膜組織には光子と反応する効率を高めるための外節構造が形成されていることも確認できた。さらに、免疫染色法で視細胞が光を感じるために必要な視物質(オプシンやロドプシン)が存在していることや、視細胞から伝達された電気信号を神経節細胞に伝達する双極細胞との間でシナプスを形成していることが確認できた。

  1. 図2. (左)網膜を取り出して電極(黒丸)に載せたところ。黄色点線で白く光る移植片が載っている部分を示している。
    (右)光刺激に対して反応した神経節の数を示した。黄色いところが移植片の部分。赤は正常な網膜で見られる光応答パターンを示した
    神経細胞。青色は未熟な網膜で見られる光応答パターンを示した神経細胞。

続いて、移植後の網膜が光刺激に対して機能的に反応するかどうかを、多電極アレイシステムと光刺激に対する反応の波形パターンを自動で分類するプログラムを用いて検証した(図2)。視細胞の変性が非常に進行した時期のマウスにおいても、光刺激に対して反応を示す細胞が、ヒトES細胞由来網膜組織の移植部位で再現性よく、集中して観察された。このような光応答パターンは、移植前のNOG-rd1マウスでは観察されなかったため、これらの反応は移植片に由来する光応答能によるものと考えられた。

「今回作製したマウスは、ヒトES細胞由来網膜組織が臨床応用できるかどうかを判断するための前臨床研究で使えることがわかりました、そして、ヒトES細胞由来網膜組織がマウスへの移植後に成熟・生着して機能することを確認しました。」と万代副チームリーダーは語る。「ヒトES細胞由来網膜組織が移植後に光に対して反応できることがわかったので、臨床応用の可能性が拓けました。しかし、ヒトでどうなるかはヒトでやってみないとわからないので、今後実際に移植に用いるヒトiPS細胞などの細胞や分化方法で同じような試験を行い、機能や効果、安全性を確認する必要があります。」

掲載された論文

Establishment of Immunodeficient Retinal Degeneration Model Mice and Functional Maturation of Human ESC-Derived Retinal Sheets after Transplantation

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