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iPS細胞由来神経網膜の移植後の機能をマウスモデルで検証

2017年01月20日
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網膜は光の情報を感知するセンサーの役割を担う組織で、精細な層構造を有している。光の情報を感知する視細胞層、情報を電気信号へと置き換える双極細胞層、視神経へと受け渡す神経節細胞層、そしてこれらの細胞を健康に維持するサポート役の色素上皮細胞層。計6種類の細胞が整然と配置され、互いに接続して情報を脳まで送り届けるのだ。網膜の代表的な疾患のひとつである網膜色素変性は、多くの場合遺伝性で、視細胞の機能不全が進行性に生じ、末期になると視細胞層がごっそりと抜け落ちてしまう。患者数は数千人に一人とも言われるが、現在までに根本的な治療法はなく、iPS細胞から人工的に作出した視細胞の移植により視機能を回復する治療法の開発が期待されている。

理研CDBの万代道子副プロジェクトリーダー(網膜再生医療研究開発プロジェクト、髙橋政代プロジェクトリーダー)らは、末期の網膜色素変性症モデルマウスにiPS細胞由来の神経網膜組織を移植し、移植した細胞が正しくホストの細胞と接続して機能することを、行動解析や電気生理解析を駆使して実証した。本成果は科学誌Stem Cell Reportsに2017年1月11日付で掲載された。

  1. 網膜の構造(左)。視細胞層を欠失した色素変性末期モデルマウスにiPS細胞由来網膜組織を移植すると、ホストの双極細胞(緑)と移植した視細胞が接続・成熟してシナプスを形成する(赤)(右)。

故・笹井芳樹グループディレクターらは多能性幹細胞を用いた自己組織化による立体組織形成の研究を進め、2011年にはマウス、翌2012年にはヒトのES細胞から層構造を持つ立体的な網膜組織の作製に成功した(*科学ニュース2011.4.72012.6.14)。万代らはこの網膜組織を移植医療に用いるべく検討を重ね、2014年にマウスを用いて、幹細胞由来の網膜が移植後も眼球内に長期間生着し、ホスト細胞と形態的に接続して成熟していくことを報告(*科学ニュース2014.4.25)。さらに2015年には、ヒトES/iPS細胞由来の網膜組織をサルに移植して同様の結果が得られることを示した(*科学ニュース2015.12.25)。細胞移植による治療では、移植した細胞が生着しているだけで十分役割を果たす場合も多い。しかし視細胞の場合は、移植細胞がホストの既存の細胞と正しく接続し、電気信号を伝える機能を果たして初めて意味を成す。移植した視細胞は、本当に「機能している」のだろうか?万代らはマウスを用い、iPS細胞由来網膜組織の移植後の機能についての詳細な解析に乗り出した。

まず、移植した視細胞とホスト細胞との形態的な接続を調べた。移植した視細胞は、ホストの双極細胞と接続してシナプスを形成するはずだ。そこで、双極細胞をGFP(緑)で標識した網膜色素変性末期モデルマウスに、シナプスが形成されるとその部分でtdTomato(赤)が発現するiPS由来の幼若な網膜組織を移植。すると、網膜組織は移植後成熟し、GFP陽性の双極細胞の末端に移植片由来の赤いシグナルが確認された。移植細胞とホスト細胞との接続を、シナプス形成有無のレベルまで詳細に可視化したのは、本成果が初めてだ。

では、移植によって患者は「見える」ようになるのだろうか。現状の移植法では移植できる組織のサイズは小さいため、視野の一部が限局的に回復する(わずかに光を感じられるようになる程度)と考えられるが、従来の視機能検査法ではそのようなわずかな改善を検出することは難しかった。そこで万代らは、シャトル・アボイダンス法(SAS)と呼ばれる行動解析システムを採用。2部屋に区切られたケージを用い、一方の部屋でライトが光った5秒後に電気が流れるように設定すると、目が見えているマウスは光の刺激を感知して隣の部屋に避難することを学習する。一方、見えていないマウスは光を感知できずに電気刺激を受けてしまうため、ライトと無関係に動き回るようになる。それぞれの行動パターンをモデル式を用いて解析することにより、移植によって光への反応が回復されるかを調べた。その結果、網膜色素変性末期モデルマウスは光と無関係に動いていたのに対し、移植後、約4割のマウスが光反応性の行動パターンを示すようになった。

  1. シャトル・アボイダンス法による行動解析の様子。iPS細胞由来網膜組織の移植後、効果の見られた例(上)と、
    効果が見られなかった例(下)。

さらに、移植後の末期モデルマウスの網膜組織を摘出し、電気信号を受け渡す機能を果たしているかを調べるため、多電極アレイシステムを用いた電気生理的解析を行った。約1mm四方に64個(8×8)の電極が並ぶチップの上に、摘出した網膜組織を視細胞層が上向きになるように置く。ここに上から光を当て、視細胞の興奮が双極細胞を介して最終的に脳に信号を送る神経節細胞に伝わるかを検出する仕組みだ。このシステムでは、神経節細胞の電気生理活性に加えて、網膜全層分の細胞の反応も検出・記録することができる。7匹のマウスについて解析した結果、全例で移植後の網膜組織の光応答が回復していること、その応答は確かに移植した細胞に由来していることを確認した。

「現在の手技で移植できる面積は、せいぜい網膜全体の5%未満。移植手技を改良してより広範囲への移植が可能になれば、視野の回復の度合いも大きくできると期待しています」と万代副プロジェクトリーダーは語る。「今回、移植後の視細胞の『機能』をこれまでにない確度で示すことができました。移植した細胞が確かに機能する、という概念を実証(proof of concept)できたことは、今後この研究を臨床へと進めていく上で、極めて重要な知見となりました。人間の眼の構造は非常に複雑で、モデル生物を用いた研究には限界があります。ヒトでどうなるかは、ヒトでやってみるしかない。今後は引き続き移植手技の改善を図ると同時に、安全性試験などを慎重に進め、2年以内に臨床研究計画をまとめていくことを目指しています。」

掲載された論文

iPSC-Derived Retina Transplants Improve Vision in rd1 End-Stage Retinal-Degeneration Mice.

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