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細胞伸長の司令塔分子を正しく配置するメカニズム

2015年07月02日
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超高層ビルを建設するとき、その頂上には建築資材を引っ張り上げるクレーンが鎮座している。ビルを少し作ってはクレーン押し上げ、また作っては押し上げて、資材輸送の要となるクレーンは常に最上部に保たれるのだ。これと同じように、伸長する細胞の先端部には伸長に必要な材料を運搬したり荷物を仕分けしたりする起点となる分子が配置されていることが知られている。伸長とともに絶えず移動していく先端部を、細胞内ではどのようにして捉え、正確な分子配置を実現しているのだろうか。

理研CDBの大谷哲久テクニカルスタッフ(形態形成シグナル研究チーム、林茂生チームリーダー)らは、ショウジョウバエの剛毛細胞をモデルにした研究で、細胞伸長の司令塔タンパク質IKKεが伸長端に正しく運搬され、配置される分子機構を明らかにした。この成果は、科学誌Development掲載に先立ち、電子版が6月19日付で先行公開された。

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  2. (左)ショウジョウバエの剛毛の電子顕微鏡画像。
    (右)さなぎ期の剛毛細胞。伸長端(白矢印)にはIKKεとSpn-Fが共局在している。(青:IKKε、赤:Spn-F、緑:アクチン)

細胞は、それぞれの機能に応じて実に多様な形をとる。ショウジョウバエの感覚器・剛毛の元となる剛毛細胞はその代表例だ。剛毛がたった1つの細胞から成ることから分かる通り、剛毛細胞は巨大で細長く、さなぎ期には1日で350μmも伸長する。このような細胞形態の劇的な変化には細胞内輸送システムの制御が不可欠だ。必要な物質を正確かつ効率的に目的地に輸送するために細胞内では、極性のある細胞骨格、すなわち方向性のある輸送レールが適切に配され、運搬体としてのモーター分子と、積み荷と運搬体の結合を助けるアダプター分子が協調的に機能している。モーター分子は約40種あるが、積み荷の種類と目的地の組み合わせは桁違いに多様だ。つまり、1つのモーター分子が場面に応じてアダプター分子を使い分け、異なる種類の積み荷をそれぞれの目的地に正しく送り届けているのだ。

大谷らはこれまでの研究で、剛毛細胞の伸長に必要な物質輸送にIKKεが中心的な役割を果たすことを明らかにしてきた。IKKεは伸長する細胞の先端部に局在して活性化し、輸送されてきた他の分子の仕分けをするシグナルセンターとして機能する(科学ニュース:2011.2.16)。そこで、IKKεが伸長とともに絶えず移動する伸長端に留まり続ける謎に迫るべく、過去の文献にあたってIKKεと結合する分子を探索した。

Spindle-F(Spn-F)はIKKεと相互作用し、活性型IKKεの局在に寄与することが示唆されている。spn-Fikkεの変異体は卵母細胞の極性決定に同様の異常をきたすことから、両者はペアで機能すると考えられた。そこでspn-Fikkεそれぞれの変異体を作成し解析すると、剛毛は短く、枝分かれしたり途中で太くなったりする形態異常を示した。野生型の剛毛細胞における活性型IKKεとSpn-Fの局在を確認すると、伸長端に共局在しており、Spn-Fは細胞質全体にも点状に分布していた。また、蛍光標識したSpn-Fをレーザーで退色・回復させる方法でSpn-F分子の移動速度を調べると、一旦伸長端に配置されたSpn-F分子はほとんど入れ替わることなく安定的に留まっていた。さらに、タイムラプスイメージングで細胞質に分布するSpn-Fを経時的に観察すると、微小管に沿って移動することが判明した。

細胞質ダイニンは微小管をレールとし、マイナス端方向(伸長端は通常マイナス端方向)に積み荷を運搬するモーター分子だ。剛毛細胞で細胞質ダイニンを阻害すると、IKKε、Spn-Fは共に伸長端に局在できなくなった。またspn-Fのドメイン解析から、細胞質ダイニンとIKKεはSpn-Fに同時に結合可能であり、同時に結合することが細胞伸長に重要であることが分かった。これらのことから、細胞質ダイニンがアダプター分子Spn-Fを介してIKKεと結合し、微小管に沿って伸長端へと輸送する役割を担うと考えられた。

次に大谷らは、細胞質ダイニンによって伸長端に運ばれたIKKεがその場に安定的に留まる仕組みを探った。Javelin-like(Jvl)もまたSpn-Fと相互作用し、卵母細胞では活性型IKKεの局在に寄与することが報告されている。そこでjvlの変異体を解析すると、剛毛先端部の形態に異常をきたした。また、伸長前期にはIKKε、Spn-Fは共に伸長端に局在するが、後期になると局在が消失した。さらにタイムラプスイメージングでJvlとSpn-Fの分子挙動を経時的に観察すると、それぞれ単独では微小管に沿って活発に移動するが、共局在するとぴたりと止まって動かなくなることが分かった。JvlとSpn-Fが出合うと、Spn-Fに結合したIKKεも同時にその場に留まるのだ。

「IKKε-Spn-FとJvlは、それぞれ一方向的に伸長端へと輸送され、先端で高密度に蓄積することで、高頻度に会合し係留されると考えられます。細胞が伸長してスペースが生まれると、また動いて伸長端へ運ばれ、そこでまた出合って止まる。移動する伸長端を常に捕捉できる巧みな仕組みです」と林チームリーダーは語る。細胞質ダイニンによる伸長端への輸送と、Jvlによる係留。各ステップをつなぐキーファクターとして、アダプター分子Spn-Fの活躍が明らかになった。「Spn-Fは単にモーター分子と積み荷を仲介するだけでなく、運搬後のIKKεの挙動を調節する分子を呼び寄せるための識別タグとしての役割も担っています。種々のアダプター分子を調べることで、哺乳類のニューロンや有足細胞といったより複雑な形の細胞の形態形成を実現する精巧な細胞内輸送システムを明らかにできるかもしれません。」

掲載された論文 A transport and retention mechanism for the sustained distal localization of Spn-F–IKKε during Drosophila bristle elongation
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