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改良型透明化試薬「SeeDB2」で組織深部まで高解像解析

2016年03月15日
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顕微鏡技術は目覚ましい進化を遂げている。2014年にノーベル賞を受賞した超解像顕微鏡の開発は記憶に新しい。今や光の波長による分解能の限界(回折限界)を乗り越えて、超微細構造を驚くほど鮮明に観察可能だ。さらに近年、分厚い組織を丸ごと観察するための組織透明化試薬が開発されたことで、例えば脳科学の分野では、複雑な神経回路の立体構造を維持したまま、神経同士の微細な接続構造を観察することも可能だ。これまでにいくつかの組織透明化試薬が開発されてきたが、さらに深部まで、さらにクリアに観察するための技術開発が求められている。

理研CDBの柯孟岑(カ・モウシン)国際特別研究員(感覚神経回路形成研究チーム、今井猛チームリーダー)らは、分厚い組織のより深部まで高解像観察が可能な改良型透明化試薬「SeeDB2」を開発した。さらにこの試薬で処理したマウス脳サンプルを用いて、樹状突起のトゲ状の構造(スパイン)やシナプスといった超微細構造の形態やタンパク質の局在を子細に観察できることを実証した。この成果は、オンライン科学誌Cell Reportsに3月11日付で掲載された。

  1. SeeDB2で処理したマウス大脳皮質を超解像顕微鏡Airscanで撮影し再構成。
    樹状突起のスパインやシナプスなどの超微細構造が鮮明に観察できる。

これまで開発されてきた透明化試薬には、理研内の別のチームが開発したScale、CUBICなどがあり、サンプルを浸漬するだけと手軽だ。また、米スタンフォード大学のチームが開発したCLARITYはサンプル中のタンパク質とアクリルアミドと重合させて膜脂質を除去する。CUBICとCLARITYは脂質を可能な限り除くことで非常に高い透明度を実現するが、一方で、脂質性の染色試薬が使用できないこと、処理過程で組織サンプルを一過的に膨張させてしまうことが難点だった。柯らも、2013年にフルクトースを用いた透明化試薬「SeeDB」を開発している(*科学ニュース2013.7.2)。処理は3日間浸漬するだけと非常に簡便で、サンプル組織にやさしいという特長がある。しかし、いずれの方法も高解像度の解析には限界があった。

レーザー顕微鏡では通常、カバーガラスと対物レンズの間に高屈折率の浸漬オイルを満たして分解能を上げる。この場合、サンプル表面では光が収束するが、SeeDBを始めこれまでの透明化試薬はカバーガラスや浸漬オイルの屈折率よりも低く、組織深部にピントを移動すると光が収束しなくなり(球面収差)、像がぼけてしまう問題があった。特に超解像顕微鏡は、この球面収差の影響を受けやすいことで知られる。

そこで柯らは、X線造影剤として利用される高屈折率のイオヘキソールに注目。従来のSeeDBにイオヘキソールと界面活性剤サポニンを合わせ、組織に浸透しやすく、カバーガラスや浸漬オイルと完全に同じ屈折率となるように調整し、改良型試薬「SeeDB2」を完成させた。SeeDB2もまたサンプルを浸漬するだけで、処理は数時間~最大2日で完了する。他の透明化試薬と比べて処理過程の組織の膨張率は群を抜いて低い。種々の蛍光タンパク質(ECFP、EGFP、EYFP、tdTomato)や蛍光プローブが安定かつ高感度に発光することも確認した。さらに、実際に様々な組織サンプルと顕微鏡を用いてSeeDB2の性能を検証した。例えば、直径80umと細胞としては巨大なマウス卵母細胞(染色体分配研究チーム提供)をSeeDB2で処理し、超解像顕微鏡FV-OSRを用いて撮影すると、細胞の深部を走行する微小管の1本1本まで鮮明に観察できた。また、マウス脳をSTED(Stimulated emission depletion)顕微鏡で撮影すると、対物レンズの可動限界である120um深まで難なく観察でき、神経細胞の樹状突起に見られる直径1μm程度のスパインを50nmの解像度で鮮明に解析できた。

神経細胞の接続部であるシナプスの構造は神経細胞の入出力を理解する上で重要だが、1μmにも満たないシナプスの構造を観察することはこれまで不可能だった。そこで超解像顕微鏡Airyscanを用いて、SeeDB2で処理したマウス脳の解析を試みた。詳細に観察するとスパインは実は様々な形状をしており、先の尖ったものやキノコ形のものがあった。興奮性シナプスはスパインの先端に局在することが知られていたが、抑制性シナプスを調べると、スパイン先端だけでなく軸索の幹の部分にも局在しており、超解像顕微鏡によってこれらを区別して定量することができた。さらに、記憶や学習に重要なNMDA受容体を欠損した神経細胞を正常型と比較すると、スパインの密度は変わらないが、一部のキノコ型スパインの先端部が巨大化しており、同時にスパイン先端に抑制性シナプスが高頻度で局在していることが分かった。スパイン形状とシナプス局在の変化が何らかの神経伝達異常を引き起こしている可能性がある。さらに、SeeDB2はマウスのみならずショウジョウバエの脳サンプルに対しても有効であり、ショウジョウバエの視覚中枢を用いて、神経細胞軸索末端のシナプス構造の定量解析にも成功している。このように、SeeDB2を用いることで、これまで観察できなかったシナプスの超微細構造も三次元的に観察可能となる。

「今回開発したSeeDB2は簡便で汎用性が高く、特に高解像イメージングに威力を発揮します。分厚い脳サンプルに限らず様々なサンプルに活用してもらえると思います。ただし従来の試薬もそれぞれ異なる利点があるため、目的に応じて使い分けることが重要です。」と今井チームリーダーは語る。「これまでシナプスの構造を観察する術は電子顕微鏡以外になく、膨大な時間と手間がかかっていました。SeeDB2と超解像顕微鏡を組み合わせれば極めて簡便に、形態に加えて遺伝子発現やタンパク質の局在などの情報を複合的に得ることが可能です。神経細胞の接続を網羅的に解析するコネクトミクスという新たな分野が注目されていますが、SeeDB2は種々の精神疾患の発症メカニズム解明にも貢献できると期待しています。」

掲載された論文

Super-resolution mapping of neuronal circuitry with an index optimized clearing agent.

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