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ヒトES細胞から毛様体縁を含む立体網膜の形成に成功

2015年02月20日
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網膜の発生では、神経上皮の一部が袋状に突出して眼胞を形成し、続いてその頂端が陥没して上皮が折り畳まり、2層構造の眼杯が形成される。このうち外側の層が網膜色素上皮(RPE)に、内側の層は視細胞を含む神経網膜に分化する。毛様体縁は、胎児期の網膜の辺縁部、すなわち神経網膜と色素上皮の境界に生じる領域で、魚類や両生類、鳥類では、幹細胞を維持して網膜の成長や再生に寄与することが知られている。一方、哺乳類の毛様体縁に幹細胞が存在するか否かは定かでなく、ヒトに至っては胎児網膜の入手が困難なため知見がほとんど得られていない。

理研CDBの桑原篤客員研究員(器官発生研究チーム)と永樂元次ユニットリーダー(立体組織形成研究ユニット)らは、ヒトES細胞から毛様体縁を含む立体網膜組織を高効率に誘導する方法を開発し、毛様体縁に存在する幹細胞が増殖して新たに神経網膜の細胞を産み出すことを明らかにした。この研究は住友化学生物環境科学研究所との共同で行われ、Nature Communicationsに2月19日付けで発表された。

  1. 揺り戻し法により作製した蕪(かぶら)型の複合網膜組織(左、分化60日目)。自己組織化により神経網膜と色素上皮の境界領域に
    毛様体縁が形成されていた(中・右、分化63日目)。図中、角括弧が毛様体縁。

同チーム(旧器官発生研究グループ、笹井芳樹グループディレクター)は、これまでの研究で、多能性幹細胞から神経組織を高効率に分化誘導するSFEBq法(無血清凝集浮遊培養法)を開発し、大脳や視床下部、下垂体、小脳などの立体組織を試験管内で形成することに成功していた。網膜に関しても、マウスとヒトのES細胞から多層構造をもつ立体網膜組織を形成することをすでに報告している(科学ニュース2011.4.72012.6.14)。この方法では、ES細胞やiPS細胞の凝集塊を浮遊培養させ、自発的に秩序だった組織を形成する「自己組織化」を促す条件で培養することで、試験管内で器官発生を部分的に再現することができる。同チームは、このSFEBq法を改良して、毛様体縁の形成に挑んだ。

SFEBq法による網膜分化誘導法を改良するにあたり、桑原らは、まず分化の第一段階にあたるES細胞から網膜組織への分化の効率化を試みた。その結果、分化誘導時にBMP4を加えることで、これまで添加していた動物組織由来の細胞外マトリクス成分を用いずに、より高効率で安定的に網膜組織を誘導できるようになった(BMP法と呼ぶ)。また、このようにして形成された網膜組織のほとんどは、その遺伝子発現の特徴から、色素上皮ではなく神経網膜に運命付けられていることが明らかになった。

実際の動物発生の過程では、毛様体縁は神経網膜と色素上皮の境界に形成される。そこで彼らは、1つの細胞凝集体の中に神経網膜と色素上皮の両方を同時に作製できれば、試験管内で毛様体縁が形成できるのではないかと考えた。これまでの研究から、色素上皮の分化・維持にはWntシグナルが、神経網膜の分化・維持にはFGFシグナルが重要であることが報告されていた。これらのシグナル伝達経路に注目して、神経網膜と色素上皮が共存する「複合網膜組織」の形成を試みた。さまざまな検討を行ったところ、BMP法により作製した網膜組織(分化18日目)を、まず、Wnt作動薬とFGF阻害薬を加えた色素上皮分化条件で6日間培養して色素上皮に分化状態を偏らせ、続いて、神経網膜を誘導する条件に再び戻して培養すると、色素上皮と神経網膜が共存する複合網膜組織が効率よく形成されることを見いだした。マーカー遺伝子の免疫染色解析やライブイメージング解析を行ったところ、興味深いことに、最初は神経網膜の運命に偏っていた組織が、いったん色素上皮の運命に偏り、再び神経網膜の運命に戻ることが示唆された。この方法は、神経網膜と色素上皮との間を行ったり来たりさせ、細胞集団の運命を揺さぶることから、「揺り戻し法」と名付けられた。

揺り戻し法によって作製した複合網膜組織を60日目まで培養すると、神経網膜と色素上皮がそれぞれ成長し、野菜の蕪(かぶら)によく似た形態になった。この複合網膜組織の神経網膜と色素上皮の境界領域は、神経網膜が薄くすぼみ特徴的な形態をもち、マーカー遺伝子の発現を調べたところ、毛様体縁が形成されていることが示された。さらに、90日目まで培養すると、神経網膜に視細胞前駆細胞が多く含まれるようになり、150日目まで培養すると分化の進んだ視細胞が観察された。また、形成された毛様体縁を詳しく解析すると、毛様体縁にはスフェア形成能が高い幹細胞が豊富に存在し、網膜組織の前駆細胞を供給することで、網膜を大きく成長させることが明らかになった。

今回の研究により、毛様体縁を含む複合網膜組織を形成することが可能になり、その結果、ヒトの毛様体縁にも幹細胞が存在し、網膜の成長に重要な役割を果たしていることが強く示唆された。永楽ユニットリーダーは、「今回の結果は、色素上皮と神経網膜が互いに運命転換可能であるというこれまでの知見と一致しています。試験管内の網膜形成を通して、ヒト網膜発生の仕組みをさらに詳細に明らかにしていきたいです」と語る。また、桑原客員研究員は、「今回開発した分化誘導法では、より生体に近い立体網膜を、高効率で安定的に作製できるようになりました。網膜疾患の再生医療の実現にむけて一歩前進したと思います。再生医療応用を目指して、今後も研究開発を進めていきたいです」と話した。

掲載された論文 Generation of a ciliary margin-like stem cell niche from self-organizing human retinal tissue
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